東京コレクションが果たすべき役割とは?

 ファッションの世界では、早くも今年秋冬の新作発表シーズンが始まっている。ニューヨーク、ロンドンに続いて、今週からミラノそしてパリと、世界各都市での新作コレクションが続く。今年秋口からのファッションの流行を左右するだけに、衣料品業界を超えてその動向が世界から注目される期間だ。パリが終わると間もなく、東京コレクションが開かれる。

 東コレを含むさまざまなファッション関連の催しを含む第12回「東京発 日本ファッション・ウィーク」(JFW)の実施内容が、今週発表された。期間は3月18~25日、メーンイベントである東コレの参加ブランドは35。そのうち3ブランドは映像配信、1ブランドはショーではないインスタレーションの形で作品を発表するという。

 このほかに、世界11カ国の応募から選ばれた3人の若手デザイナーのショーと展示会「シンマイ・クリエーターズ・プロジェクト」、アジアの有力若手デザイナーと新人デザイナーファッション大賞の入賞者の作品を披露する「2011 アジアンデザイナーズコレクション・イン東京」、また国内の大手アパレルや百貨店などが協賛したさまざまなイベントが実施される予定だ。

和服スタイルや日本の季節感や色をモチーフにする「まとふ」(いずれも2011年春夏東京コレクションより) 和服スタイルや日本の季節感や色をモチーフにする「まとふ」(いずれも2011年春夏東京コレクションより)

 東京コレクションは1980年代後半から、デザイナーが組織した団体が主催しての民間レベルで主催・運営されてきた。パリやミラノなど諸外国のコレクションの多くが自治体や国の支援を受けているのに比べて、東京はかなり不利な条件を強いられていた。だが、2005年からは経済産業省が公的にも支援するJFWとして開催されるようになった経緯がある。

 国が加わったことで東コレは資金的にも安定し、運営の面でも日程が縮まって密度が濃くなった。また、まだ十分には成功していないものの、海外のバイヤーやジャーナリストを招いたり、ガイドブックやウェブサイトを充実させたりして国際的なプレゼンスをそれなりに高めるなどの成果を上げた。だが、肝心の発信すべきコンテンツについていえば、今のところはまだ極めて不十分だと言わざるを得ない。

 経済産業省が東コレの支援に乗り出したのは、日本の新たな輸出産業として文化的で高付加価値な産業分野の育成を考え、その一つとしてファッションにおそまきながら注目したからだ。日本は世界で一、二を争うファッション大国だが、それはあくまで消費マーケットとしてのこと。国内生産品は国内での消費にとどまっていて、この分野での輸出入比率は約1対50という超輸入過剰状態が続いている。国際収支の面からいえば、そのままではよいはずは決してない。

東京らしいかわいい感覚を洗練させた「ビューティフルピープル」 東京らしいかわいい感覚を洗練
させた「ビューティフルピープル」
東京ストリートのおしゃれなメンズ感覚とヒップホップスタイルと融合させた「フェノメノン」 東京ストリートのおしゃれなメンズ感覚とヒップ
ホップスタイルと融合させた「フェノメノン」

 世界同時不況の中で日本は相変わらずのデフレ基調がおさまらず、経済や国の財政危機が盛んに言われている。しかし財務省の国際収支統計によれば、そうした中でも日本の国際収支は80年代のバブル最盛期をはるかにしのぐ黒字がほぼずっと続いていて、アメリカやEU全体、また経済発展が著しい中国やロシア、韓国、シンガポールなどとの貿易収支でも大きな黒字となっている。そうした中で、例外的に日本が赤字なのが、対フランス、イタリア、スイスの3国との収支だ。

 この3国の並びを見てすぐ分かることは、その製品がとてもブランド価値があって価格も高いことだ。チーズやワインなどの農産品もあるが、その主力は服や高級時計などのファッション関連の製品だ。品質に優れ身に付けたり食べたりしても満足度が高いので、高くても売れるのだ。

 日本の貿易収支は今のままで黒字がいつまで続くかは疑問と思わざるを得ない。日本の産業の今の得意分野はそのうち必ず後発国に追い上げられ、そのうち抜かれてしまうに違いないからだ。ではどこで勝負していけばよいのか? そのヒントがこの3国の輸出産業だと思う。日本の高度な技術を生かした環境分野などもその一つかもしれないが、この3国のいわば「軽工業製品」の分野でも、日本は負けない文化的な伝統と美意識があるはずなのだ。

 ファッションの分野では、日本には世界をリードした前衛ファッションのデザイン力や世界に冠たる若者のストリートファッションという得意技があるし、クールジャパンの人気もそれを強力に後押しするだろう。素材となる繊維でも、伝統とハイテクが結合した世界一の発信力をもっている。

 こんなことを考えると、今のJFWのコンテンツの中身はその自覚が足りないというほかない。ファッションへの理解がまだ浅い官僚や国内マーケットで満足してきた大手アパレルの人材で構成された主催団体のあり方にも問題があるだろう。そしてコンテンツに先立つ資金の面でも、もっと大幅な増額が必要だ。金をどんどん使って、まずアジア各国のバイヤーやジャーナリストを大勢招待してお祭り騒ぎをするぐらいのことをしてもいいのだ。

 JFWへの国の補助金はとりあえず今回で終わる予定だというが、それこそ国家100年の大計を誤る判断ということになる可能性もある。といっても今の菅政権や経済官僚にそんなセンスを期待するのは望み薄かもしれないが……。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。