2011年が明けて、世界の政治状況やとりわけ日本の政局はなお混迷が続いているが、経済の面では何となく薄日が差すようなニュースがちらほらと続いている。ファッション関連では、百貨店やセレクトショップでの正月商戦が久しぶりにやや活気を呈していたようだし、ファストファッションの店の福袋に列が並ぶ光景も見られた。正月を過ぎてもこの好調さがそのまま続くとは思えない。だが、ファッション業界もこのところ苦境打開のための新たな試みをさまざまに行っていて、そうしたことのささやかな成果の現れと言えないこともないだろう。
たとえば、去年から目立って増えたファッション関連のチャリティーイベントもその一つ。欧米の歴史の古いビッグブランドと慈善事業との関係は必ずしも浅かったわけではないが、最近は若いデザイナーや中堅ブランドも含めた動きになっている。出口の見えない不況や環境不安が深まる今の時代の重さが、ファッションの枠を超えた表現を作り手に求めていて、チャリティーがその一つの形として選ばれた、ということなのかもしれない。
東京ファッションデザイナー協議会(CFD)は去年12月中旬、六本木ヒルズのホールで、会員のデザイナーたちが作品を提供したチャリティーオークションを開いた。鳥居ユキや花井幸子、島田順子といったベテランから若手も含め、出品は38ブランドの計48点。人気が集中してかなり高値がついた逸品もあったが、最終的にすべての出品作がさばけた。チケット代金やイベントTシャツなどの売り上げも含む収益は、子どもの権利保護を目的とした国際援助団体「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」へ寄付された。オークションでは、出品もした若手の人気ブランド「ガッツダイナマイトキャバレーズ」のデザイナーがロックのライブ演奏をしたり、モデルの秀香が得意のシャンソンを歌ったりして会場を盛り上げた。
このチャリティーイベントについて、CFDの大塚陽子議長は「時代が深刻になってきて、デザイナーは社会によりしっかりと目を向けなくてはいけなくなってきた。服作りを通してだけではなく社会に直接貢献することも必要だと考え、チャリティーを企画した」と説明する。前年の第1回のオークションでは、収益を介護犬の育成団体に寄付したという。出品者で発起人の一人でもある鳥居ユキは「具体的な活動を通じて社会にかかわっていくことは、デザインの感覚にとっても結果的にはプラスになるだろう。若手の人たちが積極的に参加してくれたこともよかった」と語る。
また、去年の同じころ東京・丸の内で開かれた、知的障害のあるアーティストを支援する福祉施設「アトリエ・インカーブ」の展覧会で、東京の人気8ブランドが特別にTシャツを作って販売し、売り上げをそっくり施設の活動資金に寄付した。このTシャツの企画は人気スタイリスト野口強が呼びかけたもの。アンダーカバーやサカイ、ヒステリックグラマーなどが、それぞれインカーブのアーティストたちの作品からヒントを得て独自のTシャツをデザイン・製作した。
Tシャツは、プリントデザインだけでなく素材選びにも各デザイナーの個性や工夫が込められていて、どれもコレクションアイテムになりそうなくらいの充実した出来だった。それは多分、これらのTシャツが一方的なチャリティーとしてではなく、インカーブのアーティストとの対等なコラボレーションとして意識されていたからではないかと思う。
施しのような一方向的な善意は、自己満足しか生み出さない。かかわる相手を対等な存在と考えることで初めて互いに刺激しあう余地が生まれ、そのことによって自分が変わることもできる。この二つのチャリティーイベントが示したのはそういうことではないだろうか。チャリティーというのは分け与えることではなく、まず自分の方から何かを差しだすことによって相手との関係ができて、その関係の中から学ぶということらしい。
この関係はおそらく、ブランド=企業と消費者との関係にも置き換えることができるだろう。企業にとっての顧客=消費者とは、利益を上げるための一方的な対象だったり、なんでも要求を受け入れるべき「お客は神さま」的な存在だったりというわけではない。企業と顧客は対等な関係であるべきで、よき対等な関係を作るためには、まず先に「与える」ことが大切なのだ。
◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。
1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。