市場回復? ジュエリーの新たな魅力

 デフレ不況で宝石・貴金属製品の売れ行き不振が続いていたが、今年は久しぶりにわずかとはいえ前年比プラスになりそうだという。高額所得者の消費がやや回復してきたことや男性向けのジュエリー需要の増加、中国人などを中心とした外国人による買い物が増えたことなどが挙げられているが、理由はそうした経済的背景だけとは限らないだろう。

 ある特定の分野の製品がよく売れたとすれば、それがどんな風に作られたか、その素材がどんなものか、そしてその分野がほかの近い分野と新たにどんな関係になってきたのか、などと考えてみることが必要だ。当たり前のことだが、よく売れる品には個別の理由があり、その個別性が時代の流れの新しい動きと触れ合っていることが多いからだ。

 国内外の有力ジュエリーブランドがイベントや広告活動を活発化し始めたことからも、ジュエリー市場のかすかな回復のきざしが読み取れる。こうした動きは見ているだけでも楽しいし、その成果にも期待したい。だが、もっと注目したいのは、独自のやり方で石を集めてデザインし、アジアなどの伝統的な職人技を生かした製品で人気を集めている若手のジュエリーブランドだ。

MCLの新作 MCLの新作

 今年6月に日本に初上陸したニューヨーク発の「MCL BY MATTHEW CAMPBELL LAURENZA」はその一つ。デザイナーのマシュー・キャンベル・ロレンザはコロラド州生まれの33歳。二つの大学で建築と彫刻を学んだ後、インドや東南アジアを長期旅行し、その中でアジア各地の宝石産地の細工職人たちと知り合ってジュエリーデザインを志したという。アメリカに帰って実験的に作った作品が高級百貨店バーグドルフ・グッドマンのバイヤーの目にとまり、2007年にブランドを立ち上げた。製品はニューヨークを中心にすぐ評判を呼び、人気テレビ番組の主演女優が公私とも愛用したことなどから全米で売れるようになり、今では世界42カ国で販売されている。

デザイナーのマシュー・キャンベル・ロレンザさん デザイナーのマシュー・キャンベル・ロレンザさん

 MCLの商品の特徴は、とても手が込んでいてどこか郷愁を感じさせるようなぬくもりがあることだ。純度の高いスターリングシルバーにエナメルを塗った台座に、独特なカッティングを施した小さなサファイアやルビーが敷石のようにはめ込まれている。同じサファイアでも色味が一つひとつ微妙に違っていて、その色の組み合わせ方が入念に考えられていることが伝わってくる。

 来日したマシューは「石は小さくてもみんな個性的な色と光がある。それを僕がアレンジして、身に付ける人の個性につながればいい」と語った。感覚的には自由で明るい「ボヘミアン」だが、そうした傾向がいま切実に求められている、という意味ではとても現代的な印象も受ける。そしてもう一つの特徴は、生産の基点をアジアに置いているため、品質からすると価格が安いことだ。

 「レアで価値があっても、手の届く値段。そんな“ブリッジジュエリー”というような分野を開拓していきたい」とマシューは言う。

de TiTiの新作 de TiTiの新作

 2006年にスタートした日本のブランド「de TiTi」にも同じ味わいがある。デザイナー永澤陽一のパートナーとしてファッションにかかわってきた八巻多鶴子が、自らがデザイナーとして立ち上げたこのブランドの作品には、インドなどの産地の貴石の深い輝きと伝統的な金細工の技術、そしてデザイナーの経験豊かなファッションセンスが溶け合った趣がある。

 わざと磨かずに半透明な状態でかえって石の質感を浮き立たせたり、小さくてカラフルな石を配したリングを幾重にも重ねたりすることで、身に付ける女性の個性を引き立たせようとする手法は、MCLの姿勢とも共通している。品質と価格のバランスでも同じゾーンといってよいだろう。

デザイナーの八巻多鶴子さん デザイナーの八巻多鶴子さん

 そして、この二つのジュエリーブランドに共通しているもう一つのことは、どちらも一見そうとは見えないが、ファッションの最先端の流れに対する敏感な意識が感じられることだ。服は極端にいえば1シーズンしか着られないが、ジュエリーは石や貴金属の存在感があるため、長く身に付けることもできる。高価な服を毎シーズン買えるような消費景気の時代が終わろうとしているいま、ジュエリーは服に対する一つの有力なオルタナティブとして注目される可能性が高いのではないだろうか。

 あえて言えば、ジュエリーが注目され始めた理由はもう一つ考えられる。資源を大量に消費して廃棄物も出す産業社会の仕組みの限界が明らかになってきた中で、太古から地中で生成され、人がそれを使っても決してごみにはならない宝石や貴金属のもつ特質、その存在感がいま改めて注目され始めているのではないだろうか。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。