芋焼酎と高級ファーの新しい関係とは

「ロイヤル チエ」の今年の最新作から シアードミンクのジャケット 「ロイヤル チエ」の今年の最新作から シアードミンクのジャケット

 高級ファーブランドの「ロイヤル チエ」がこの10月、オリジナルの焼酎「モーリス(MORRIS)」を発売した。ファッションの高級ブランドといえば、シャネルの「№5」やクリスチャン・ディオールの「ディオリッシモ」といった、香水との組み合わせがこれまでのビジネスの定石。ファーと芋焼酎とは、イメージ的にはずいぶんミスマッチな感じだ。だが、この組み合わせには実は意外な共通性があり、そして同時に異質性がぶつかり合うことで、いまの時代に応える新たなイメージをも生みだしているようだ。

 ロイヤル チエは、デザイナー・社長の今井千恵が1977年にデザインを始めてから今年で34年目。高品質な毛皮と新素材との組み合わせなどが世界的にも評価され、ニューヨークにも支店をもつ。九州の福岡に本拠地を置き、毎年春に東京など5都市で新作コレクションを発表している。

 焼酎モーリスの誕生には、今井の祖父、父との3代にわたる家族の歴史が深くかかわっている。祖父・宮田武二は鹿児島県の生まれだが、1906年に渡米。カルフォルニア州コルサで米の栽培に挑戦して大成功を収め、現在のカルフォルニア米の元祖といわれた。しかし37年に帰国後は学校への寄付や赤十字などのボランティア活動に専心し、米国で生まれた父・守恵も隼人町長などを務めて地域発展のための先駆的活動にいそしんだ。オリジナル焼酎の構想は、その父と何とか薩摩の産物を生かしたプロジェクトをとの話から生まれたものだという。守恵は完成を見ずに他界したが、「モーリス」は守恵の名の由来となった祖父の米国時代の知人の名だった。

「本格芋焼酎 モーリス」 「本格芋焼酎 モーリス」

 焼酎の製造元は明治元年創業の濱田酒造。その5代目当主、濱田雄一郎と今井が意気投合して新ブランドの開発に取り組んだ。そのコンセプトは、「地元の素材を使った女性のためのまろやかでスタイリッシュな焼酎」。素材のイモは、桜島のシラス台地の水で育つ甘くて風味のよい「黄金千貫」という品種を選び、低温でもろみの発酵を丹念に促す「もろみ21製法」とフルーティーな香りを高める「香り酵母仕立て」の二つの酒質をミックス。1年半をかけ、試飲を重ねて納得のいく配合を決めた。

 香りへの配慮も重要なコンセプトの一つだった。「素材を蒸留して香りを抽出するというやり方は、香水と同じですね」と今井は言う。特定の地域の素材を重視し、テイスティングによってブレンドを決めるという点でも香水と焼酎は共通している。となればボトルの形も大事で、デザインは米ハーバード大学の修士課程を修了した女性建築士が担当した。黒の瓶にモーリスの頭文字Mをあしらったシンプルで個性的な形になった。

 こうした意外な共通性だけではなく、焼酎とファーの組み合わせはもっと現代的な意義をもつ新たな共通点のイメージも浮き上がらせたように思える。毛皮といえば以前は動物保護団体の抗議の的だったが、最近では高級皮革の養殖は気候条件の厳しい地域の環境やリサイクルにも配慮した重要な産業となっている。イモや米酵母などの自然素材だけで作る焼酎は、エコロジカルで土にかえる天然素材の製品という意味でもファーと共通している。

「モーリス」はカクテルにも最適 「モーリス」はカクテルにも最適

 ロイヤル チエでは、ニューヨークなどを起点にモーリスの販路を世界に広げていく方針だという。いま世界のおしゃれな女性の間で、無色のスピリッツ(蒸留酒)がヘルシーでエコなお酒として再評価されている。そんな中でこの新タイプの芋焼酎も、新たな日本の酒として注目を集めるかもしれない。

 芋焼酎というのは、かつては「臭い、男っぽい、安い……」のイメージだった。しかしそれを高級ファーを結びつけることで、伝説にも似た物語が生まれ、さらに現代的な新たなイメージが掘り起こされ、それが双方の商品に魅力的な相乗効果をもたらすこととなった。このケースはマーケティングの新しいあり方のヒントにもなりそうだ。

 共通性と異質性は論理的には相反するものだが、実際にはこの二つは複雑に絡み合っている。それを無意識のうちに認めて大胆な組み合わせをしてしまうのは、欧米的な発想やマーケティングの手法には見られないやり方だろう。「モーリス」はもしかすると、最新かつおしゃれな「ジャパンクール」なのかもしれない。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。