不況下でも快進撃の通信販売への期待と危惧

 不況下でも業績を伸ばしている産業もある。百貨店やスーパーなどの小売業界が軒並み前年比割れを続ける中で、景気にかかわらず売り上げが好調な「通信販売」もその一つだ。業界団体の調べでは、通販業の総売り上げは、2009年度で4兆3,100億円、前年比4.1%増だという。商品そのものの内容が特別新しいわけでもないのに、なぜ売り上げが伸びているのか?

通販各社のカタログ誌 通販各社のカタログ誌

 国内で売り上げが最も多いのは、急成長中の「アマゾン・ジャパン」や「アスクル」「ジャパネットたかた」といったところだが、ファッション関連の商品を扱う業者も例外ではない。「千趣会」や「ニッセン」「セシール」「フェリシモ」や、化粧品の「DHC」「ファンケル」なども売り上げランキングの上位に名を連ねている。

 通販の利点といえば、一般的に店舗や仲介業者が要らないのでその経費の分だけ安くなることだが、好調の理由はそれだけではないだろう。通販の利用率は女性の方が高いそうだが、よく言われるのは忙しい女性が増えて買い物をする時間が少なくなったこと。また通販で家庭用品以外の買い物への欲求を満たす主婦が増えていることなどが挙げられる。30歳代の女性の利用率が一番高いこともその事実を裏付けているようだ。

 もう一つの背景は、既存の店舗の流通効率化が進んで商品の品ぞろえが画一化してしまい、自分の欲しい商品が近場の店ではなかなか買えなくなってしまったこともある。特に基礎化粧品や下着などで「前には近くの店に置いてあったのに、最近は通販でしか手に入らなくなった」との女性の声をよく聞く。以前は、あまり差別性のない商品は通販ですませ、こだわりのあるモノは店でじっくり選ぶというのが一般的な傾向だった。しかし最近はそうした趣味嗜好(しこう)品もむしろ通販でこそ買えるようになったことが、好調に拍車をかけている。

「ランズエンド キャンバス」のイメージ写真 「ランズエンド キャンバス」のイメージ写真

 このような社会的背景だけではなく、通販の商品やサービスの質そのものがここ数年でもかなり高くなっているという事情もある。たとえばカジュアルウェアで知られる米国発の「ランズエンド」は、日本人の体形に合ったサイズの商品の開発や、返品やサイズの変更などを無料で期日も無期限にできるサービスなどに力を入れている。最近ではイニシャルやワンポイントの刺しゅうを入れるサービスや、より若い世代にも向けてファッション度を上げた新ライン「ランズエンド キャンバス」を売り出した。

 とはいえ、通販ブランドの大きな利点は、スポーツやアウトドアで鍛えられた機能性や耐久性の確かさ、そして価格の安さにあるとされていた。しかし最近はもうそうしたカテゴリーとしての垣根はあいまいになってきたようだ。8月25日にはモスキーノの日本語版オンラインストアがオープンしたが、このところ海外の高級ブランドのネット販売も盛んになっている。

 通信販売の歴史は意外と古く、テレビ映画「大草原の小さな家」や名画「シェーン」などアメリカの西部開拓期の場面にも通販カタログを見ているシーンが登場しているし、日本でも明治初期にはもう始まっていた。郵便制度の発達や新聞やカタログ誌、またテレビや宅配便の普及といった配達手段やメディアの進展とともにこの業態も進化してきた。そうした意味では、インターネットの発達は、通販にとっては今後さらに飛躍的に伸びる道を開いたことになるに違いない。

「ユークス」の日本語版携帯サイト 「ユークス」の日本語版携帯サイト

 「ランズエンド キャンバス」はカタログ誌、ECサイトに加えて、携帯サイトの3つのチャンネルで販売を展開している。「楽天市場」や「ゾゾタウン」の急成長ぶりを見ても分かるように、特に携帯サイトの充実は通販に多くの可能性を与えるだろう。ラグジュアリーブランドの通信販売で人気急上昇中のイタリア発の「ユークス」は、この9月から日本向けモバイルサイトを新たにオープンして注目されている。

 しかしパソコンの画面ならともかく、携帯機器の画面では素材の微妙な質感や色合いなどはよく分からないだろう。ファッションでは特にそうした面での確認が必要だと思うのだが、そんな感覚はもう古いのだろうか。それともデジタルで育った世代はもう品質や風合いといったものをあまり気にしなくなっていて、そんな感性がこれから主流になっていってしまうのかもしれない。とも思う(危惧する)が、もう一方で、品質や風合い、また本物のオーラというものは決してなくならない、そうした存在を重視する対抗的な動きは新しい形で必ず出てくる、とも思う。

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。