川越に新感覚のビュッフェレストラン 総合卸売市場近くの「食のアウトレット」

 市場の中の食堂といえば、東京・築地の場内すし店や那覇の公設市場2階の料理店などがよく知られている。なんといっても食材が新鮮だし味は折り紙付きだが、言ってみればそれだけ。ゆっくりと、しかもおしゃれに食事を楽しむという感じではない。埼玉県川越市の総合卸売市場の中に先月末オープンした「Market TERRACE(マーケットテラス)」は、色々な意味で新しい時代感覚にマッチしたレストランといえるだろう。

庭に面した開放的な作り 庭に面した開放的な作り

 レストランは市場敷地内の広い自然森の中にあって、店内44席とウッドデッキのインナーテラス48席のほか、庭にもアウトテラスの48席。どの席も外に向けてゆったりと自然を楽しめるように配置されている。建物の内装も木が主体だが野暮(やぼ)な山小屋風ではなく、シンプルでモダンな感覚で統一されている。

 食事のメニューはビュッフェとバーベキューで、市場に毎日集まる素材を使用。人気料理研究家・松田美智子さんが考案したディナータイムのメーン料理を、シェフが目の前で腕をふるう。ソースやペーストもすべてオリジナル。バーコーナーのお酒のメニューも「自慢のひとつ」というほど充実していて、ビールも国産の主な銘柄がそろっている。

店内のビュッフェとグリルスペース 店内のビュッフェとグリルスペース

 この店の新しさは、市場の食材の新鮮さと意欲的な料理技術、自然に富む立地を、都会的なファッション感覚で結びつけたことだ。それでいて価格は、ディナーで大人3,500円、ランチ1,800円、小学生以下の子供はその半額で、それほど高くはない。ファミリーレストランよりずっと高級だが自前で払える金額で、領収書を使って経費で落とすような対象ではないだろう。レストランを企画した総支配人、一川立裕さんは「いわば『食のアウトレット』というコンセプトです」と語る。

 地域市場と密接に協力することで「地産地消」を達成でき、地域にとっては産業振興となり、客には新鮮で栄養価の高い食べ物を提供できる。レストランの経営にとっては、地代や食材の仕入れなどコストの面で利点がある。うまくいけば、店、地域、客にとってみんながwin-winの関係になるビジネスモデルなのだという。

 一川さんはリクルートでさまざまな事業開発に携わってきた経験をもつ。川越出身で、「第二の人生で何か地元のために役立つことはできないか」と考え付いたのがこのレストランのアイデアだった。企画には、「ファッション、音楽、アート、食をコンテンツに遊び場を創造する」を企業コンセプトにしたトランジットジェネラルオフィスの中村貞裕さんが協力。建物の設計は六本木のTSUTAYAなどを手掛けた窪田建築都市研究所が担当した。

 川越は「小江戸」との別名も持ち、歴史的な寺院や蔵造りの街並みなどで知られる。年間約600万人の観光客が訪れるが、若い世代やおしゃれな人たちを引き付けるような魅力にはいま一つ欠けていた。このようなレストランができたことは、そうした川越のイメージを変えるかもしれない一つの大きなきっかけともなりそうだ。そうなれば、寺や蔵造りももっと魅力的に見えるようになって、訪れる人も増えるだろう。

森に囲まれた外観 森に囲まれた外観

 先月に開かれたプレオープンのパーティーには、スタッフの知人でもあるピチカート・ファイヴの野宮真貴さんが駆けつけ、あいさつのついでに一曲歌った。このレストランはそれが自然と絵になるような場でもあるようだ。JRや東武東上線の川越駅から約6㎞、関越道川越ICから約3㎞というロケーションは、都心からは遠いといえば遠いが、近いといえばとても近いともいえる。エッセイストの玉村豊男さんが長野県の東御市で2004年に開いたワイナリー・レストランはもっとずっと辺鄙(へんぴ)な場所だが、いま毎年5万人近くの客が訪れているという。

 地域の特性を生かし、地域の人たちと優れた企画者が協力したビジネスが、レストランに限らず色々な分野で増えているようだ。グローバリズムや低価格競争がはびこる中で、こうした小規模だが個性的な試みが逆に大きな可能性を秘めているように思える。一川さんは「企画自体もまだ始まったばかり。地元の人たちを中心に、他の才能のある人たちも巻き込んで、これからも時間をかけてじっくり育てていきたい」と話している。

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。