ファッションと普天間基地 アメリカン・グローバリズムの外で

 いまアメリカ発で最も旬な若手ブランドといえば、オバマ米大統領夫人のミシェルさんが大統領就任式の記念パーティーでドレスを着たことで話題となった「ジェイソン・ウー」だろう。そのデザイナーが今月、日本のセレクトショップ「デザインワークス」とコラボレーション企画をしたのを機に来日したので、作品の服を見せてもらって、話を聞いてみた。

ジェイソン・ウー ジェイソン・ウー

 ジェイソン・ウーは台湾生まれの中国系アメリカ人で27歳。幼いころに両親とともにカナダに移住。中・高校生のころは東京やパリで過ごし、その後アメリカのパーソンズ美術大学でファッションを学び、ニューヨークを拠点にして06年に自身のブランドを立ち上げた。オバマ大統領夫人のドレスもそうだったが、彼の服は一見クラシックでゴージャスな感じもするのだが、全体のシルエットはシンプルでこれみよがしな装飾などはないのが特徴だ。

 「そんなに昔のことではなくても、多くの女性たちが服をエレガントにきちんと着こなしていた時代があった。そんなころに思いを寄せたスタイルをめざしている」と彼は言う。今年秋冬シーズンの最新作は、第2次大戦後にファッション写真などで活躍した米国の写真家アーヴィング・ペンの作品からヒントを得たそうで、華やかだが端正ですっきりとした感じがする。といっても服そのものが懐古的というわけではなくて、ポリ塩化ビニールをスプレーのように吹き付けたプリントやレーザーカットのレースなどさまざまな現代的な手法も盛り込まれている。

 すっきりしたシルエットも、よく見るとかすかな膨らみが変な場所についていたり、ウエストラインがかなり低めになっていたりすることに気づく。それが全体のバランスを微妙に崩していて、服に若々しさや緊張感のある現代的な印象を与えているように見える。そんなところが、リズ・クレイボーンやダイアン・フォステンバーグといったアメリカ発のステータスブランドとは違う新しさを感じさせる点だろう。服の値段も、少なくとも今のところはまだあまり高くはない。

 ジェイソン・ウーは細身で、穏やかな話し方にしっかりとした知性と意思もうかがえるような男性だ。どこか、日本でいえば「草食系男子」に似た印象で、アメリカでいえばCC(カルチャー・クリエイタイブズ)と呼ばれる新しいタイプの世代に属する存在なのだろう。いずれにしてもマッチョで肉食系、お金や権威に対する飽くなき欲望(それがアメリカン・グローバリズムの根源にあると思うのだが)とは異なるタイプに見えた。

ジェイソン・ウー 2010秋冬コレクション ジェイソン・ウー 2010秋冬コレクション

 そんなわけでジェイソン・ウーの服はとても好ましく思えるし、日本でもこれから若い世代を中心に人気が出てくるだろう。しかし、もっと好ましいのは、この服がアメリカ発だが米国内では別としても、世界のファッショントレンドの中では特に主流でもないことだ。

 といっても、これは別にジェイソン・ウーに限ったことではない。アメリカ発といえば、これまでにジーンズや西海岸発のスポーティーでカジュアルなスタイルが世界に大きな影響を与えたことはあった。だが、ファッションの世界では発信も生産の起点もヨーロッパが中心で、アメリカはマーケットではあっても主流になったことは一度もない。ジーンズやカジュアルもヨーロッパや日本で再解釈されてファッション化されたもので、出発点ではおしゃれな格好とはとてもいえなかった。

 経済や政治の面では、特に第2次大戦後はすっかりアメリカ中心に世界が動いている。特に日本では敗戦や戦後のアメリカ文化の急速な流入、日米安全保障などの影響で、無意識のうちにもアメリカ中心の発想が根付いてしまっているように思える。それがたとえば、いま話題の普天間基地移設問題についていえば、米軍基地が日本にあること自体への問いがなくて、アメリカ側の意思を必要以上に考えてしまう世論やマスコミの論調にも現れている。

 ファッションは軽薄だとか軟弱だとかいわれがちだが、無意識の一方的なアメリカ中心主義などには一度も陥ったこともないし、実際のビジネスとしてもいまだにヨーロッパが中心でアメリカン・グローバリズムにも侵されてはいない。ファッションはかつて、そして今もアメリカの産業システムとは別な面で世界の消費主義をあおってきた。そのことは十分に批判されるべきだと思うが、ファッションは個人ではとても買えない高額な武器のようなものでもないし、それで人を脅したり殺したり、政府を転覆したりすることは決してしないのだ。

 ジェイソン・ウーの服を東京で見ていて、やや飛躍しすぎるかもしれないが、そんなことをつい考えてしまった。

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。