メディアとしてのネットの未熟さ ヨウジヤマモトのネット中継

 ヨウジヤマモトの、国内では19年ぶりだというメンズコレクションのショーを、インターネットの実況中継で見た。最近はパリやミラノの一流ブランドのショーもぼちぼちネット配信で見られるようになっているが、今回の中継はショーの内容は別として、映像配信の技術的レベルではネットメディアの未成熟さを感じさせるものだった。というよりも、生身のショーとネット映像とのあまりに大きな落差について改めて考えざるを得なかった。

 インターネットの発達がメディアのあり方を大きく変えつつあること、また今後の変化の可能性は大いに認めるべきだとは思う。特権のもとに永らく安住してきた新聞やテレビ、雑誌などの大手マスメディアの、特に編集部門の救い難いほどの頭の固さも、経験的によく分かっている。しかしだからといって、事実を伝える手段としてのネットメディアの現状が、希望に満ちているばかりかといえば、残念なことだが決してそうとは思えないのだ。

ステージに上がった山本耀司(奥)=4月1日、東京都渋谷区 ステージに上がった山本耀司(奥)=4月1日、東京都渋谷区

 ヨウジヤマモトのショーは、エイプリルフール(意図したわけではないだろうが)の4月1日、東京・代々木の国立競技場第二体育館で開かれた。俳優の宇梶剛士、加藤雅也、作家の椎名誠、映画監督のSABU、歌手のムッシュかまやつといった有名人がモデルになって、それぞれが黒主体のオーバーサイズ気味でゆったりとしたジャケットやコートを着て舞台を歩いた。みんな一見でもそれなりにカッコいい感じなのだが、それ以上に魅力的だったり個性的だったりには映ったわけではなかった。

 会場の現場で見たなら、印象はもっと違ったかもしれない。ファッションショーというのは、服だけではなく会場の設定や音楽や照明といった入念な演出、そして観客も含めたその場全体の光や空気が織りなすもの。こんな一回限りの現場性をパソコンやケータイの小さな画面で的確に伝えるのは、ちょっと考えただけでもとても困難なことなのだ。

 今年2月に急逝した鬼才アレキサンダー・マックイーンは、その事実上最後となったショーでネット中継を試みた。そのために会場に何台もの本格的な大型カメラを置き、有名作家によるビデオ映像を会場に流してショーの実映像とからませる、というような凝ったものだった。だがそれでも、ネットの映像は彼の服のクリエーションの何10分の1ほどに値するものでしかなかった。

 別にファッションショーに限ったわけではなく、すべての「現場」というのは1回限りで、しかも限りないほど複雑な要素が絡み合っている。見る角度によってもさまざまに違って見えるものなのだ。だから、偶然撮れた現場写真だとか、安易な中継映像とかいうようなものは、どちらかといえば全体的な真実を誤って伝えてしまうことの方が多い。この事情はマスメディアでも同じことなのだが、ネットメディアではその弊害がより多く目立つ。そして、それが改善されるような方向性も、いまのところまだ見えているとはいえない。

サッカー元日本代表監督フィリップ・トルシエ サッカー元日本代表監督フィリップ・トルシエ

 ヨウジヤマモトのショーでは、モデルには演出を避けてカジュアルな着こなしでの自然体を求めていたように見えた。このブランドのメンズの美点は、もともとちょっと肩の力が抜けたところだ。権力者やエリートと同じ欲望があるのにあえて外れること、それでいてやはり欲望に勝てない弱さと外しの優れた美意識がうまく結びついて、その服が男っぽい余裕の魅力となって見えることが、このブランドの特色だった。

 モデルの人選は、そういう意味ではなかなか適切だった。だが、彼らがそれぞれの魅力をショーの舞台という場で発揮できるかどうかは別のことだ。サッカー日本代表チームのフィリップ・トルシエ元監督がサッカーボールを持って登場、途中でドリフティングをやってみせたが、あれくらいは高校のサッカー選手でももっと上手にできるだろう。

 今回のネット中継は主催者によるものではなかったが、この中継は魅力のあるものではなかったし、服も残念ながらあまり魅力的には見えなかった。素人モデルといえば、2004年の秋冬パリコレクションで、ロックバンドのマッドネスらをモデルに起用したこのブランドのショーは、演出も凝っていてとてもカッコよかった。優れたクリエーションを伝えるためには、十分に考えぬかれた演出と、そして十分に訓練された目と表現技術をもったメディアの存在がやはり欠かせないのだと思う。

 

 ネット中継されたヨウジヤマモトメンズショーのハイライト映像(文化出版局 『high fashion ONLINE』) http://fashionjp.net/highfashiononline/feature/collection/yojiyamamoto_themen.html

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。