忘れている「最も当たり前のこと」とは? 津村耕祐のファッション造形

 服作りと同時に、社会や都市などをユニークな視点で見つめた造形活動を続けているファッションデザイナー津村耕佑の制作展「MODE less CODE」が先週まで、東京・白金のアートスタジオで開かれた。ファッションに限ったことではないが、最近は最も当たり前のことを忘れているような事態や論議が多くなっている。そんなことを考えさせるような好企画だった。

コードで編んだ巨大なコート(左)、ネックレス(右) コードで編んだ巨大なコート(左)、ネックレス(右)

 出品されていたのは、コンピューターなど電子機器の部品や接続コードを編み込んで作ったオブジェ。実際に身につけることを前提とはしていないが、コードを糸に、ICチップを布に見立てて服やアクセサリーの形に造形されている。コンセントが付いたままの灰色のコードで編んだ巨大なコートは、他者とのつながりを求めながらも自分の大きな力のために孤立感に悩む何者かの存在を思わせ、ICチップの色彩と構図のパッチワークはデザインによっては念入りに構成されたアール・デコの生活器具やアフリカのマサイ族のおしゃれな首飾りのようにも見えた。それ自体としては無機質で武骨な電子部品に、ファッションの基本的な手法が加わって新たな存在感が生まれた。

 それだけではなく、この試みは「ものを作る、造る」ということにかかわるいくつかのメタファー(暗喩)も示したようだった。まずファッションに関して言えば、服作りには独自の手法の中でも色々な可能性があるのに、作り手たちはトレンドや市場性にとらわれ過ぎている、との提言。ものを作るということは、素材や対象に対するもっと自在で楽しい感覚があったはずで、それが忘れられてしまっていることへの異議を示しているようだ。

ファッションデザイナー・津村耕佑氏 ファッションデザイナー・津村耕佑氏

 津村はこれとは別に以前、オーダーメードの服を自分の方から特定の個人に頼み込んで作るという企画を試みている。そこで彼が得たものは、一人の人間というのは本人も気付いていないほどの膨大な情報と感覚に満ちたファンタジーワールドだということだったという(この企画は2007年6月にグラフィック社から出版された「ファンタジー・モード」という本に収録されている)。

 津村がこうした企画によって示したのは、今のファッションのもの作りの中では、作り手側の自在さも受け手への十分な配慮も欠けているということだ。これはマーケティングでいえば、「プロダクト・アウト」と「マーケット・イン」のどちらの方向でも不十分だということだろう。そしてこれはファッション産業に限ったことではなく、見せかけの創造性や単なる機能的な拡張、そして量的に換算された需要動向に左右される現代のもの作りの現状にも当てはまるに違いない。

 もう一つのメタファーは、安易なファストファッションとしぶとく生き残る高価なブランド製品があふれる今のファッション市場は、ファッション本来の楽しさや受け手が欲しいものとはかけ離れているということだ。消費者が本当に欲しいのは、それを身につけることで自分らしさを表現できて、ある程度長く使えて、少し無理すれば買える範囲の価格の服やアクセサリーだろう。ところが、本来はそんな当たり前なはずの要求に応えるような価格帯のもの作りが最も手薄になってしまっているのが現状だ。

 これをもっと拡大解釈して思うのは、いま色々な面で論議になっている問題で、当たり前のはずのことが忘れられているのではないかとの疑問だ。たとえば、高速道路の無料化についていえば、建設費の償却が終わっても料金を取り続けるのは次の道路を作るためだったこと。普天間基地の問題で代替地が他府県や国外に見つからないのは受け入れが困難ということだが、それなら沖縄ではもっと深刻な困難を今まで受け入れてきたこと。こうした基本的なことを忘れた、または意図的に無視した論議はやはりどこかおかしい。

 もし排出ガスや交通渋滞、または財源などを理由に高速道路の無料化に反対するならば、むしろすぐに無料化して新たな道路建設をやめる方がよいし、普天間基地の代替地は沖縄を除く46都道府県でクジを引いて決めるのがいちばん人道的で民主的なやり方だと思うのだが、どうだろうか?

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◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。