本当に反省すべき「不まじめさ」とは? スノボ・国母選手への騒動

 バンクーバーの冬季五輪が終わって、スノーボード・ハーフパイプの国母和宏選手の騒動も半ば忘れ去られたようだ。ネットではまだ後日談なども続いているが、論議が深まっているとはいえない。だが、今回の件はファッションと社会の関係を示す久々のベタな出来事だったと思えるので、その観点から問題点を整理してみたい。

バンクーバーへと出発する国母選手とスノーボード・ハーフパイプ陣 バンクーバーへと出発する国母選手とスノーボード・ハーフパイプ陣

 まずファッション的にいえば、国母選手の例の格好は日本でももうとっくに見慣れたヒップホップ・スタイルなのだが、彼はそれを言動でも首尾一貫させた。ドレッドヘアで鼻ピアス、はみ出しシャツの若者が体育会系優等生のような物言いをする方がむしろ奇妙だと思うのだが、マスコミや、擁護論もあったネットですらも主にその言動を非難した。そして、本人の謝罪会見だけでなく、両親や彼の大学関係者にまでコメントという形で謝罪の言葉を求めた。

 スノボについては、国母選手を批判した多くの人たちと多分同じ程度くらいの知識しかないが、あえて言えば彼のスタイルはこの競技では別に違和感のないものなのだと思う。冬季五輪の種目の多くがヨーロッパの北国の兵士の訓練科目みたいな感じなのに、スノボはそれとはまったく違って、カッコよく見せるのが第一の若者の遊び感覚がある。このセンスはヒップホップとも共通したストリートカルチャーと底は同じで、既成の権威や常識への盲従や強制を基本的に嫌うものなのだ。

優勝した米国のショーン・ホワイト 優勝した米国のショーン・ホワイト

 とはいえ、国母選手は特に意図的に何かに反抗しようとしたわけではなかっただろう。彼はスノボとそのカルチャーが好きで、熱中しているうちに特別上手になって、そのうちオリンピックの代表になった。だからといってことさら日の丸を背負ってとかJOCやSAJ(全日本スキー連盟)の暗黙の価値基準に従わなければいけないとの気持ちもなかっただけ、ということなのではないか。その言動が別に誰かを誹謗(ひぼう)したり具体的な迷惑をかけたりしたというわけでもなかった。

 にもかかわらず、マスコミや多くの識者、またいわゆる「世間」は、ほとんど一斉に非難を浴びせた。それは多分、彼のスタイルと言動にある種のいい加減さや、くそまじめさをバカにするような強いニュアンスを感じ取ったからだろう。そして、その非難がヒステリックなほどになるのは、あえて分析すれば、批判する側も実は同じようないい加減さや不まじめさを隠し持っているからではないだろうか。

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 そんなことを考えるよりも、ともかくオリンピックにはドラマや感動もあって商業的にもうまくいっている。勝てば国威発揚にもなる。国母選手の言動は、そんな「いい加減さ」「不まじめさ」を思い起こさせるような、のどにささった棘(とげ)のようないら立ちを感じさせたのかもしれない。

 比較的新しいスポーツであるスノボがどんな経緯で五輪種目に加わったのか知らないが、おそらく人気を考慮しての商業主義的な面は否定できないだろう。だとすれば、スノボの独自のカルチャーや選手の言動を尊重すべきで、少なくとも「まあそんなもんだろう」と大目に見ることが必要なはずだ。

 ファッションに話を戻せば、今回の国母選手のスタイルと言動は、まさにファッションの基本的性格である「生まじめさへの不信感」の実例を示したケースだともいえる。ファッションはそれがどんなに美しかろうと、やや粗暴でダサめ(最近はネット用語では「DQN」=ドキュンというらしい)だろうと、それはいわば上辺だけの軽い現象だと糾弾される。しかし、その非難そのものが同じ理由で非難する人にも向いてしまうような「毒」をもっているのだ。

 今回の騒動は、外国のマスコミでは、相変わらずややエキセントリックな同質社会としての日本の在りようとして報じられた。そんなことは言われなくても承知のことだが、問題はむしろ、日本のマスコミと世間が国母選手に謝罪させたことでいわば似非(えせ)解決してしまったことだ。本当は語るべきことが何も解決されていないのに、メディアが読者や視聴者に一種のカタルシスを与えることで何となく一件落着したように見える。

 非難覚悟でいえば、「反省してまーす」という国母選手の言い方はなかなかよかったと思うし、実際にそんな簡単に反省などしてほしくはない。本当に反省しなければいけないのは、バカ騒ぎをして無理やり謝らせてそれで終わりというメディアや世間の「不まじめさ」なのだ、と自戒を込めて思う。

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。