新たな「オーガニック」の動き 個人の生活感覚からの発想

 近場で採れた野菜や、生産者と直接契約した農産品を集めた「ファーマーズマーケット」が、このところ注目され始めている。かく言う筆者も、東京・表参道のファッションビル「ジャイル」で去年秋に取材して、その後もちょっとはまり気味に何度も足を運んでいる。もちろん、つい色々と買ってしまうのだ。

食べられるサボテン 食べられるサボテン

 たとえば、南アフリカ原産の食べられるサボテン。きれいな緑色で味もさっぱりしていてサラダにぴったりで、アロエのような医療効果もあるという。鉢植えで月に1回ぐらい水をやればどんどん増える。料理研究家が簡単なレシピと一緒に勧めているムカゴも、あらためて食べてみるとなかなかいける。山芋本体と栄養価や食味は似ているのに、かゆみが出ないという利点もある。需要が少ないためムカゴはあまり採集されていないが、食べる人がもっと増えれば山芋農家の収入の助けにもなるだろう。

 どちらもそれなりのストーリーがあるのだが、別に理念を声高に語るわけでもないし、値段も安い。だから何となく楽しく、気軽に買える。全部試食したわけではないが、野菜のほか、果物、米、みそや蜂蜜などの副食品などもある。出品者を選ぶ基準は「形よりも味、有機栽培、新しい農業経営」で、それを集めることが新しい食の発信になるのだという。

 ネットなどで調べると、東京だけではなく全国でこうしたタイプのマーケットが増えているようだ。しかし、それぞれ開催は月数回ほどで、まだ日常的に利用できるほど広がっているわけではない。

 正月で帰省した英国在住の知人によると、ロンドンでは今、新しいタイプの「オーガニックカフェ」が最先端のカルチャースポットとして注目されているそうだ。メニューはすべて有機食品で、最近では店内に食材やコスメ用品のほか、インテリアや衣類までそろえた「トータルライフ・オーガニックショップ」も人気を集めているという。

東京・表参道のファッションビル「ジャイル」のファーマーズマーケット 東京・表参道のファッションビル「ジャイル」のファーマーズマーケット

 こうした店の前の公園などでは、店主催のファーマーズマーケットが開かれ、それもまた人気。店の主催でなくても、ロンドンではあちこちにマーケットが広がっているとのこと。その新しい特徴は、以前の有機食品とは違って値段的にも安く、おしゃれな若い女性を中心に客層もどんどん広がっている点だという。

 オーガニックといえば、日本でも以前はなにやら生協運動的なきまじめさ、または考え方としては立派だが家計のやり繰りに悩む庶民には無縁の価格の高いものというイメージがあった。しかし英国や最近の東京の新たなオーガニックの動きは、もっとおしゃれで身近な感覚がある。それを食べたり身に着けたりすることが快適で楽しいから人気が広がっているのだろう。

 こうした感覚は、環境保護や健康などをいわば理念として目的に掲げるエコや、ちかごろ言われる、グリーン・ニューディールやグリーンツーリズムなどの「グリーン」の考え方とはやや趣が違う。というよりあえていえば、同じようなことをしていても、目的を地球や社会の側から発想するかそれとも個人の側からそうするのかという意味では正反対だともいえる。歴史を振り返ると、社会の仕組みを大きく変えるような動きは、理念よりも一人ひとりの実感がうねりとなってまとまった時に起きている。

 そんな意味では、新たなオーガニックの動きは、これまでのエコやグリーンとは別個に再定義して注目すべきなのかもしれない。環境問題は1970年代からとっくに提起されていたし、エコを志向する市民運動や企業活動の歴史も、もうかなり長い。にもかかわらず、生活実感としては地球がきれいになったとか体の調子がよくなったとはあまり思えない。それならば、まず自分が快適で楽しめるエコをやってみること。それが結果として全体のエコにつながるのではないか。

 オーガニックの発想は、これまでの大量生産方式や効率主義、それによって生み出された物質主義への反発・抵抗が底流にきっとあるに違いない。ロンドンでのこの動きは、もしかするとビートルズやパンクのようにそれから世界にどんどん広がっていくのかもしれない、という気もする。だとすれば、そこに大きなビジネスチャンスも潜んでいることになる。
 

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。