シンプルはエコか? トップファッションの新しい変化

 今年はどんな年になるのか? 正月にはそう考えるものだが、メディアの話題は政治資金をめぐる民主党と検察のけんかに明け暮れていて、デフレや金融不安が続くのに肝心の経済の問題はそっちのけ。ハイチの地震災害も人ごとではない。東海沖を中心とした直下型大地震は、もういつ起きても不思議ではない危険水域に達しているという。そんなわけで、何とも気がかりな年の始まりとなった。

 そんな中で、今年の消費社会はどう推移していくのだろうか。流行や消費トレンドを左右することの多いファッションの動向が何を示しているか考えてみたい。パリやミラノ、東京などですでに発表された2010年春夏コレクションの新作から読み取れたポイントは二つある。一つは、全体として装飾を省いたシンプルな形の服が多かったこと。もう一つは、作り手の創造性やスタイルを押しつけるのではなくて着る側のコーディネートに委ねるような自由裁量型の提案が多かったことだ。

 シンプルな服といえば、グッチやプラダを中心とした90年代のミニマリズムの復活ともいえそうだが、素材がとても柔らくて軽いのでナチュラルな感じがする点が違っている。シンプルで軽い物作りは素材の資源節約につながるだろうし、ナチュラルな感じは環境重視のエコ志向にかなっているともいえる。このような傾向は、考えてみればユニクロやH&Mといったよく売れているファストファッションとも共通している。ラグジュアリーブランドの服の価格はユニクロとは二けたほども違うとはいえ、それでも以前と比べると平均してかなり安くなっている。ファッションの最先端のブランドは、今年はシンプルでなるべく安いものが求められていて、それが売れると考えたのだろう。

 だが気になるのは、シンプルで軽い服や小物がエコにつながるのかどうかということだ。買う人の一人ひとりについていえば確かにそう言っていいのかもしれないが、それが大量に売れるならば結局は大量生産・大量消費ということになる。結果として大量のごみも出る。たとえばユニクロのヒートテックは1年で2,000万枚、ブラトップは300万枚も生産されて、しかも全部売り切れたという。それくらいの規模があるからこそ、シンプルで機能的にも高品質なものが手軽な価格でたくさん買えるのだ。しかしこんな大量生産は決してエコとはいえない。それならむしろ、装飾過剰で作るのに手がかかり、値段も決して安くはなくても、一度買えば永く着たくなるものを作る方がよほどエコにかなうのではないだろうか。

 もう一つのポイント、自由裁量型の提案についていえば、これは供給過剰、品質過剰時代のマーケティングのあり方を図らずも示したものだといってよいだろう。つまり、生活者・顧客志向の製品作りの戦略を明確に打ち出したということだ。総務省の家計調査によると、消費支出に占める衣類の割合は1970年の10.8%から2004年は4.5%に減っていて、衣料品の売り上げもバブル期の若干の上向きを除けば、実は70年代をピークに下がり続けている。そんな中で、ファッションブランドは差別化のイメージを打ち出すことでパイを奪う戦略で成長を続けてきた。しかし、つい最近までは有効だった上から目線のマーケティングは、もう通用しないことをついに認めたということになる。

 今回の二つのポイントは、トップファッションとしては時代の変化を読んだかなり画期的な変化といってもよい。しかし提案型の見せ方と、ファストファッションとも通底するようなシンプルな形は基本的には矛盾することなのだ。それよりも、ブランドの伝統に根ざした、ほかではできないような品質とデザインの物を徹底的に作り込む方がよいのではないか。それを消費者に委ねればよいのだと思う。

2010年春夏パリ・コレクション イヴ・サンローラン(左)、セリーヌ(右)
撮影:大原広和

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。