低価格化と事業仕分け

 ファッションの世界でも今年は、低価格商品のことがなにかと話題になった。1,000円を切る三けた価格ジーンズの安値競争や、H&Mやフォーエバー21、ユニクロといった内外のファストファッションの開店ラッシュが続き、高級ブランドに限らず大手アパレルのナショナルブランドも売り上げ不振にあえいだ。不況下で多くの消費者が安値の方を選んだ、と見ればとりあえず納得できるが、このままでよいのかどうかは別の問題だろう。

 今年の政権交代で最も話題になったのは予算の事業仕分けだが、その論議がいまの低価格競争とオーバーラップするようで興味深かった。仕分けでは、高給の天下り役員がいたり同じ目的なのに所管別に2つあったりする特殊法人への高額補助金などがあぶり出された一方で、スパコンやロケットの開発資金などへの補助削減による研究内容の低下への危惧(きぐ)などが指摘された。これらのことは、何となく見過ごしてきた低価格化のからくりを示しているように思える。

 モノの価格を下げる方法は、一つは天下りの役員の人件費のような不要なコストを削ること。そしてもう一つは、スパコンやロケットの場合のように質を低下させることだ。低価格化がとりあえず歓迎されるのは、われわれ消費者はそれが無駄なコストの削減か、または生産技術の進歩のためだと考えがちだからだろう。不況で収入が減っていれば、理由も問わずにとにかく安値に走る傾向も強くなる。しかし、低質化はそんな時にこそよく使われる手法なのではないだろうか?

 問題なのは、我々がいま直面している低価格化現象がどんな風に実現されていて、それがいまの時代のどんな面を表しているのかと考えてみることだろう。そうした意味では、ファッションの世界で起きていることはかなり明確な示唆を与えてくれる。まず低価格化の方法についていえば、それは疑いようもなく低質化と直結していることが分かる。ファッションとはもともと、素材の高級化や製造過程での手間のかけ方、仕様を複雑にすることによる差別化というような、低質化とは全く反対の方法で魅力を保ってきたもので、それが反対のベクトルに傾けば、消費者はすぐ分かるからだ。

 安売りジーンズやファストファッションの店は混んではいても、かつてのDCブランド店やセレクトショップの熱気とは全く違うさめた雰囲気が漂っているし、「やっぱり、あんまり……」と足を向けない人も少なくはない。では、なぜ低価格ファッションが人気を集めたのか。

 ファストファッションの取材でよく耳にしたのは、「新鮮で、こんなのもありかな」「ワンシーズンだけ楽しんで、次にはまた買える」「人に自慢するわけじゃないから」。こうした声が意味しているのは、1980年代からバブル崩壊後も生き延びていた商品の「記号消費」の時代がついに本格的に終わったということなのかもしれない。もう一つ考えられるのは、特に日本に限っていえばもともとあった、キッチュな安物やその氾濫(はんらん)、それをポップな感覚で大胆にミックスするような消費文化が大不況のもとで復活してきたこと。それが低価格品を新鮮に見せるということもあるのかもしれない。それに、こうした消費文化の復活が次の時代につながる新たなカルチャーを生み出していく可能性もある。

 とはいえ、低価格が低質化と臆面(おくめん)もなく結びつくことにはやはり問題があるだろう。低質化は商品の消費サイクルを速めて莫大(ばくだい)な廃棄物を生み出すだろうし、デザインや素材へのこだわりが少なくなれば結局は画一化に向かう可能性も高い。

 幸いなことにというべきか、当然だともいうべきか、ファッションは低価格品ばかりで埋め尽くされてしまったわけではない。今年は、これまでの高級ブランドともファストファッションとも違う、独自の品ぞろえを新しい見せ方で集めたショップの開店も目についた。そんな中で、英国の服や雑貨の伝統ブランドを集めて東京・南青山にできた「ヴァルカナイズ・ロンドン」という集積型ショップが新しい可能性を感じさせた。

 この店のコンセプトは「大人が気軽に行けて、何となく買いたくなるような物がそろっている場所」。そんな店があればいいな、という趣旨でロンドンの老舗(しにせ)にもちかけて賛同したところだけが集まったという。マーケティングや綿密な事業計画で進めたわけではないので、実現まで3年以上もかかったそうだ。この店の商品は決して安くはないが低質化とは無縁で、買えば一生でも持てるものばかりだ。

 こんなタイプの店と商品が、デフレで消費の低質化が進む流れに一石を投じるのも悪くない。若者がケータイの通話料を節約してこういう商品を買ってキッチュに使いこなすようなことができれば、新たなカルチャーが生まれる可能性はもっと高くなるに違いない。

2009年11月、東京・南青山にオープンした「VULCANIZE London(ヴァルカナイズ・ロンドン)」

◇上間常正氏は、朝日新聞社の速報ニュースサイト「朝日新聞デジタル」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。