独特の甘酸っぱい香りとさわやかな風味で子供から大人まで愛されている「カルピス」。誕生は大正時代にさかのぼり、「初恋の味」という名キャッチフレーズも生まれました。おいしさの秘密は、生乳を脱脂し、「カルピス菌」で乳酸発酵させ、熟成後、再度酵母発酵させる製法です。今年6月、大正から続く水玉柄を残しつつ、容器のデザインを大幅に刷新。新たな飛躍を目指しています。コンク・ギフト事業部 統括マネージャーの逸見将氏に聞きました。
「おいしさ」「健康」「安心」「経済性」という不変の価値
金森氏 「カルピス」という商品が生まれてから、今年で93年になるそうですね。
逸見氏 はい。「カルピス」のルーツは、創業者の三島海雲が旅先の内モンゴルで出会った「酸乳」への感動体験です。馬や牛などの乳を乳酸菌で発酵させた「酸乳」を遊牧民からふるまわれたところ、長旅で弱っていた胃腸は整い、不眠も改善されたといいます。この体験を通して、“おいしくて人々の健康に役立つものを日本でも作りたい”という想いと試行錯誤の末に「カルピス」は発明されました。そして創業者は「カルピス」の本質を、「おいしさ」「健康」「安心」「(うすめて何倍にもできる)経済性」と定義しました。
金森氏 そうした創業者の想いが、今も脈々と受け継がれているんですね。
逸見氏 はい。コミュニケーションにおいても4つの価値を時代に合わせて伝え続けています。
金森氏 「カルピス」ブランドの旗艦商品は、水で割って飲むコンク(濃縮)タイプですが、コンクについては、「かき氷にかけてもおいしいですよ」「ホットの『カルピス』という飲み方もありますよ」といった応用提案を積極的にされていますね。
逸見氏 はい。牛乳と合わせて飲んでいただいたり、ホットケーキや蒸しパンの材料に加えていただいたり……。その結果、飲用シーンや活用シーンが拡大し、当初は小さなお子様のいる家庭の購買が多かったのが、老若男女を問わず幅広い層に支持されるようになりました。
金森氏 これは私なりの見方ですが、応用提案によってファンの裾野が広がったところで、「カルピスソーダ」「カルピスウォーター」など、コンクとは違ったアプローチの商品を戦略的に投入して新たなファンを獲得し、その後再びコンクの魅力を訴求して旗艦商品への支持を盤石にする……というサイクルを、巧みに作り出されている感じがするんです。
逸見氏 鋭いご指摘です。実は、そのサイクルは、人々のライフスタイル、ライフステージを見渡して商品を展開していることと大きく関係しています。
金森氏 ライフスタイルを見渡す?
逸見氏 はい。たとえばあくまでイメージでお話ししますが、幼少期は、お母さんが水で割って作ってくれるコンクの「カルピス」に親しみ、中高生くらいになると、自分のおこづかいでコンビニなどで「カルピスソーダ」や「カルピスウォーター」を買って友達と一緒に飲む。あるいは家族で出かけたファミリーレストランのドリンクバーで「カルピス」を飲んだり。大人になると、「THE PREMIUM CALPIS」、あるいは「カルピスサワー」を飲む。家族を持つと、再びコンクを水で割って子どもと楽しむ、シニア層には「大人の健康・カルピス」という商品がある……。人生におけるこうしたサイクルを想定し、ライフステージに適した商品を展開することで、ファン層の拡大に努めているのです。
コミュニケーションテーマは、人と人とのふれあい
金森氏 商品バリエーションを増やしていったのは、いつ頃ですか? 一般的に商品の多様化が進んだのは、79年以降バブルのあたりまでと言われています。第二次オイルショックがあった79年以前は、いわゆる「高度成長期」で、この頃の消費マインドは、どちらかといえば「みんなが買っているから買う」というものでした。やがて消費者の目が肥え、商品選びにも自主性が芽生えてきて、呼応するように商品の多様化が進んでいきます。そうした流れに符号しているのでしょうか。
逸見氏 符号する部分もありますが、当社の場合、一つの大きな転機は「カルピスウォーター」発売だったのだと思います。91年2月の発売でしたが、ストレートタイプのこの商品が大ヒットして、相乗効果でコンクの売り上げも伸びました。「カルピスウォーター」の成功によって、旗艦商品と派生商品のカニバリズムが起きないことがわかり、バリエーションが増えていった歴史があります。さらにもう一つの流れとして、チャネルの進化もありました。自動販売機、コンビニエンスストア、GMSといったチャネルが登場する中で、「自販機やコンビニで販売するなら、屋外で飲める『カルピス』」、「GMSで販売するなら、屋内で飲む『カルピス』を主軸に全てのラインアップ」という住み分けができてきたのです。
金森氏 なるほど。人の成長における行動の変化や、チャネルの変化に対応していく中で、多様化が進んでいったということなんですね。ターゲティングについてもうかがいたいのですが、商品によって明確なターゲットを設定しているのですか?
逸見氏 ライフスタイルやチャネルの変化に対応していくことによって、自然に各商品のポジショニングが決まっていったという側面もあると思いますが、「カルピス」が幅広い年代に愛されているからこそ、一つひとつの商品では誰にどんなベネフィットを提供するのかということをきちんとコミュニケーションしていくことで、商品個々の魅力を伝えていく必要もあると考えています。
金森氏 自然の流れだったにせよ、商品のポジショニングが決まってくれば、ターゲットがセグメントできますから、コミュニケーションに反映しやすくなりますね。
逸見氏 それはあります。「カルピスウォーター」や「カルピスソーダ」は個別商品のターゲティングを行っています。一方、「カルピス」自体はこの年齢層向けといったイメージの固定はむしろ避けていて、コミュニケーション上も、そこは注意しています。一つだけ言えるのは、どのコミュニケーションも、大事にしているのは、「人と人とのふれあい」です。例えばコンクの広告は、「カルピス」を通じた母と子の交流を長くコミュニケーションしてきて、近年は、保育園の先生に扮した長澤まさみさんと園児たちとの交流を描くこともありました。
金森氏 なるほど。確かに消費者として、コンクのカルピスは、「母と子」というイメージがありました。「保育園の先生と園児」という新しいシチュエーションを示されて、商品を見る目が広がった気がします。それでいて、「幼少期に大好きな人と一緒にカルピスを飲むうれしさ」というイメージは残っています。
逸見氏 ありがとうございます。実は、「カルピスウォーター」や「カルピスソーダ」も、一人飲み用の容器・容量もありますが、思春期の女の子が同世代の男の子と一緒に飲んだり、中高生が部活の仲間と一緒に飲んだりと、やっぱり「人と人とのふれあい」を描いているんです。
金森氏 他社でも乳酸菌飲料を出していますが、差別化という意味で、その一貫したトーン&マナーは大事なブランド資産になっていると思います。
逸見氏、金森氏
時代のニーズに合わせた「ピースボトル」が誕生
金森氏 「カルピス」のブランド資産といえば、何といっても「味」ですよね。
逸見氏 その通りです。乳酸菌飲料商品はたくさんありますが、「『カルピス』の味はほかにない」と言っていただくことが本当に多いんです。実は最近の研究で、発酵で生まれる「カルピス」の独特な香りが他にはないおいしさの秘密であることもわかってきました。
金森氏 そうなんですか。ロングセラーの理由にもつながるおいしさの秘密が、科学的に解明されつつあるんですね。「カルピス」の味は創業時から変わっていないんですか?
逸見氏 甘さの質や後味を微妙に改良していますが、基本レシピと製法は創業以来変えていません。
金森氏 味は変わっていないということですが、コンクの容器が、ビンから紙パックへ、紙パックからプラスチックボトルへと変わりましたね。
逸見氏 はい。ビンから紙パックに変わったのは17年前で、今年17年ぶりに紙パックからプラスチックボトルに変わりました。ちなみに刷新前の売り上げは好調で、昨年、一昨年と2年連続で2ケタ成長を遂げていました。近年の「巣ごもり需要」や、クーラーではなく冷たい飲料に涼を求める節電意識との関係もあったと思います。
金森氏 飲料市場は景気が悪くなると水や自分で作れるお茶の売り上げが落ち込む傾向にありますが、「カルピス」ブランドと景気動向との関連性はどのくらいあるのですか?
逸見氏 「カルピス」は自分で作れない味ということもあってか、景気動向にはそれほど大きくは影響されていません。不況の中でも売り上げが伸びている要因について考えると、食の安全・安心志向、内食化、見直される人と人との「絆」など、今の時代の価値観に合っているのかなと思います。
金森氏 そうした中で全面刷新に踏み切った背景とは?
逸見氏 日頃いただくお客様の声や、消費者調査などを通じ、「おいしさ保持」「使いやすさ」「環境適性」という主に3つのニーズがあることを確認し、向上を目指しました。新しいボトルは、「『カルピス』の風味を光と酸素から守る多層構造ボトル」「持ちやすい形状で、液切れが良く液量が調節しやすい注ぎ口」「キャップもボトルもラベルも同一素材で分別の手間がいらず、CO2排出抑制効果のある素材」といった新機能を備えています。2007年から掲げる「カラダにピース」というコーポレートメッセージにもちなみ、「ピースボトル」と命名した容器は、長年愛されてきた水玉の包装紙に包まれたビンのイメージを残しています。
金森氏 私も、「カルピス」といえば、紙の包装紙と茶色のビンがまず思い浮かびます。
逸見氏 そういう方がとても多くて、水玉模様の包装紙に包まれたビンのイメージも一つのブランド資産だと考えたのです。
卒業生を出さないカルピス
金森氏 新生「カルピス」の売れ行きはいかがですか?
逸見氏 おかげさまで大変好調です。新しいボトルは見た目のデザインのみならず、持ちやすさや使い心地なども高い評価をいただいています。「カルピス」が初めて発売されたのは、1919年7月7日の七夕で、間もなく発売記念日がやってくるので、有志の社員を募って再び店頭キャンペーンを展開する予定です。当社では「カルピス」への愛着が強い社員も多く、有志といっても非常に多くの社員が応募してきます。店頭に立って、お客様の生の声を聞くことで、ますますブランドへの誇りが高まり、明日への活力になっている社員も多いようです。
夏の広告展開においては、かき氷にかけやすくなった新ボトルの魅力などをアピールしていきたいと考えています。
金森氏 味、パッケージ、コミュニケーション、この三位一体によって競合商品との差別化がはかられていることが、よくわかりました。そして、お話をうかがってきて、カルピスのすごいところは、「卒業生」を出さないところだなと思いました。
逸見氏 「卒業生」を出さない……。すてきな表現ですね。ありがとうございます。
金森氏 「ピースボトル」の新登場によって、コンクの存在感はますます高まっていますね。5年後には創業100周年を迎えるとのこと。旗艦商品のさらなる躍進が期待されます。
逸見氏 「おいしさ」「健康」「安心」「経済性」という不変の価値を守りながら、成長を目指していきたいと思います。
カルピス コンク・ギフト事業部 統括マネージャー
1996年入社。商品開発研究所、海外飲料事業を経て、現在、国内飲料事業の希釈用飲料(コンク飲料)の開発マーケティングを担当している。
インタビューを終えて
「カルピス」は変わらない。しかし、世の中の環境に適応させるために必要な変革は果敢に行っていることが今回のインタビューでわかった。派生商品である「カルピスウォーター」の展開や、紙パッケージでの販売が好調な中での今回の「ピースボトル」への変更はまさにその顕著な例であるといえるだろう。
「カルピス」はなぜ、変革の中でブレないのか。それは、ポジショニングの明確さによるものだ。ブレないポジショニングがあるからこそ、何世代にも渡るターゲット顧客からの支持を得ることができているのである。揺れ動く世の中。変わりゆく人々の価値観。その中で、「変えるべきでないもの」「変えるべきもの」を峻別(しゅんべつ)する軸としてのポジショニングは「カルピス」から大いに学べるといえるだろう。(金森 努氏)
金森 努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所取締役社長 東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員
金森氏ブログ「 Kanamori Marketing Office 」
HISTORY
1919年
1908年、創業者の三島海雲が内モンゴルを訪れる。長旅で疲れた海雲は遊牧民たちに「酸乳」でもてなしを受け、勧められるままに口にしたところ、弱っていた胃腸が整い、体も頭もすっきりし、不眠も改善されたという。その後、海雲は1917年にカルピス社の前身のラクトーを創立。乳酸菌を応用した食品の開発に試行錯誤を重ね、3年目の1919年の7月7日に「カルピス」が発売された。
1922年
「カルピス」が七夕の日に発売されたことにちなんで天の川の「銀河の群星」をイメージした青地に白の水玉模様に包装紙がデザインされた。
生乳を原材料につくられる「カルピス」は、わずかな光でも味に影響するため、より遮光性を高くする目的で包装紙が使われた。
1922年~
1922年から「カルピス」の広告のキャッチフレーズに「初恋の味」を使用し始めた。三島海雲の後輩である駒城卓爾氏の「初恋とは清純で美しいもの。初恋という言葉には人々の夢と希望と憧れがある」という言葉からきている。
1953年
製品のリフレッシュをはかり、白地に青の水玉模様に包装紙をリフレッシュ。「カルピス」のさわやかさと、生乳のイメージを強調したデザイン。
1974年
「カルピスソーダ」を首都圏限定で発売。翌年には全国で発売した。薄めずに飲むことができる「カルピス」の要望が多く寄せられており、ニーズに合った商品として大ヒット。本格的な屋外飲料市場への参入となった。
1991年
若い層をターゲットに、いつでもどこでも「カルピス」のおいしさを楽しめるように、おいしい純水で割った「カルピスウォーター」を発売。商品の分かりやすさがお客さまに受け、初年度で2050万ケースを売り上げた。
1995年
軽くて扱いやすい、紙容器の販売を開始。リサイクルや持ち運びの便利さが好評に。
2000年
「カルピスウォーター」のデザインを一新。カタカナロゴを採用し、さわやかなデザインに。ペットボトルも透明化した。
2007年
これまでの乳酸菌技術を生かし、コク深いおいしさを追求した「The Premium CALPIS」が登場。
2012年
「ピースボトル」ラインアップ
(2012年4月9日発売)
17年ぶりに容器を刷新。多層構造で繊細なおいしさを守る「品質保持力」、「使いやすさ」に配慮した持ちやすく注ぎやすい形状と注ぎ口、「環境適正」を意識した分別不要の素材、の3つの機能特性を備えた「ピースボトル」へ。
「ピースボトル」の新聞広告、テレビコマーシャル