モノクロ印字の美しさを競う時代から、フルカラー写真印刷の美しさを競う時代へ。インクジェットプリンターの黎明(れいめい)期から市場をけん引し、「おうちプリント」を普及させてきたセイコーエプソンの「カラリオ」。1995年の発売開始以来、写真プリントの高画質性を追求し続け、現在はスマートフォンなどネットワークとつながる複合機として時代のニーズにこたえています。エプソン販売株式会社 取締役販売推進本部長の中野修義氏に聞きました。
カラープリンターの家での使用を提案
金森氏 エプソンという社名は、そもそもプリンターの製品名が由来なんですよね。
中野氏 よくご存じですね。当社のプリンター事業の第1号となった「EP-101」は、セイコーグループが東京オリンピックのオフィシャルタイマーになった際、当時の信州精器(現・セイコーエプソン)が、競技の計測結果をプリントアウトするために開発したプリンティングタイマーの技術をもとに製品化した、世界初の小型軽量デジタルプリンターでした。このミニプリンターの子供(SON)たちが、世に多く出ていくようにという願いを込めて、75年6月に「EPSON」というブランドを立ち上げたのです。
金森氏 カラリオがデビューしたのは、それから20年後の95年です。
中野氏 はい。実はその前年に、超高精細で10万円を切るインクジェットプリンター「MJ-700V2C」を発表していました。年賀状をカラーで印刷したり、カラーのプレゼンテーション資料を作成するなど、プリントのカラー化促進のきっかけを作ったプリンターです。この製品を通じてカラープリンターが家庭で使われる時代の到来をいよいよ確信し、95年にカラリオの発売を開始しました。
金森氏 商品名にはどのような意味がこめられているのですか?
中野氏 「Color(色)」に、「input(入力)」「output(出力)」の頭文字を合わせて「Color+i+o=Colorio」としました。プリンター事業とともにスキャナー事業としても育てたいという思いから、「入出力」の意味合いを込めました。
金森氏 95年というと、マイクロソフトが「ウィンドウズ95」を発売、また、カシオ計算機が「QV10」というデジタルカメラを発表した年です。デジカメで撮った写真をパソコンに取り込んでプリントアウトすることも想定されていたのですか?
中野氏 それはもう少し先になります。95年時点では、デジカメで撮った写真はプリントできるほど高画質ではありませんでした。
金森氏 なるほど。だからスキャナーもあわせて注力したわけですね。ところで、95年に発表したプリンターは、「MJ-800C」など「MJ」が数字の頭についていますが、翌年から「PM-700C」など「PM」が頭につくようになりました。機能的な変化があったということでしょうか。
中野氏 「MJ」は「マッハジェット=写真高画質」、「PM」は「フォトマッハ=超写真高画質」の略です。従来、銀塩写真に比べてプリンターの画質は粗く、大きく見劣りしていました。そこでインクを4色から6色に増やし、粒状感を抑えた美しいグラデーション表現を可能にした「PM-700C」を96年に発表しました。この機種の登場によって「フォトプリント=カラリオ」というイメージが定着。モノクロ印字の美しさを競う時代から、フルカラー写真印刷の美しさを競う時代へと突入しました。
金森氏 「印字もカラー」ということが、当時は新しかったんですね。
デジカメの普及とともに写真プリントのニーズが急拡大
金森氏 文字だけでなく、銀塩写真をスキャンした画像をプリントアウトするニーズも拡大したのではないでしょうか。
中野氏 その通りです。銀塩写真のA4サイズを現像所に出した場合の1/10のコストでプリントできましたから、POPの作成など、業務用にも重宝されました。プロモーションでは、家庭での「写真年賀状」づくりを提案しました。
金森氏 ハイアマチュアの写真愛好家もターゲットとしていたのでしょうか?
中野氏 パソコンの周辺機器という位置づけだったので、パソコンユーザーが主なターゲットでした。ですからコミュニケーションも「パソコン買ったらカラリオ」というキャッチコピーを打ち出しました。イメージキャラクターには内田有紀さんを起用しました。
金森氏 家庭用プリンターとなると、価格レンジは抑えていく必要がありますよね。
中野氏 「PM-700C」は、6色インクでありながら6万円を切りました。今から比べると高いですが、当時は画期的な価格でした。
金森氏 製品開発のご苦労があったのではないでしょうか。
中野氏 コストを抑えながら高品質な製品を作らなければなりませんから、開発陣は大変な努力をしたと思います。また、金型などに大きな初期投資をしているので、目標販売数を達成できなければ赤字の見込みでした。
金森氏 市場浸透型価格設定の典型といえますね。
中野氏 はい。市場が右肩上がりだったので、思い切ったことができたのです。
金森氏 順調にシェアを拡大したカラリオは、しだいに単なるパソコンの周辺機器でなくなっていきます。
中野氏 はい。そのきっかけとなったエポック商品がありました。カラリオシリーズではないのですが、98年に「プリントン」という愛称で発売した「PT-100」です。この商品は、メモリーカードを挿入し、プリンターのパネルを操作するだけで、パソコンを使わずに写真プリントを可能にしました。当社はこの年を「デジタルフォトユース」時代の幕開けと位置づけています。
金森氏 デジタルカメラとダイレクトにつながったプリンターが登場したと。
中野氏 そうです。2000年には、カラリオ・プリンターとカラリオ・スキャナーが一体化した複合機の前身「CC-700」を発売。01年には、「プリントン」の特性を持った「PM-790PT」を発売しました。
金森氏 この頃には、デジタルカメラの画素数もかなり上がってきていますよね。
中野氏 100万画素を超え、ちょうど「メガピクセル」という言葉が使われ始めた頃です。
金森氏 デジタルフォトユース時代になると、圧倒的にターゲットが広がったのではないでしょうか。
中野氏 広がりました。従来はメモリーカードの記録をパソコンにダウンロードし、プリントする方法が主流だったので、ある程度パソコン周りのリテラシーが必要でしたが、パソコンを持っていない人でも手軽にプリントを楽しめるようになったのです。
金森氏 プリントはお父さんの役目だったのが、お母さんの役目になった、という家庭も増えたでしょうね。
中野氏 そう思います(笑)。
中野氏、金森氏
複合機のフラッグシップ商品が大化け。「PCレス」時代へ
中野氏 03年には、色あせしにくいインク「つよインク。」を初めて採用した「PM-G800」を発売しました。高発色の写真高画質と長期保存性能の両立を目指して開発したインクで、写真プリントの色あせの原因である「光」と空気中の「オゾン」に対する保存性能を飛躍的に向上させました。
「つよインク。」
のキャラクター
金森氏 イラストを使った「つよインク。」の広告展開はよく覚えています。インパクトがありました。
中野氏 ありがとうございます。さらに同年、プリント、スキャン、コピーに加え、メモリーカードからのダイレクトプリントに対応した複合機「PM-A850」を発売しました。それまでの複合機は、プリンターもスキャナーも、シングル・プリンターやシングル・スキャナーの機能に及ばないというのが市場の常識でした。売れていたのもシングル・プリンターやシングル・スキャナーで、複合機は、言い方は悪いですが、「色モノ的」な位置づけでした。しかし、「PM-A850」は、プリンターもスキャナーも最新機能を備えた初めての複合機で、いわば当社のフラッグシップ商品でした。これが大ヒットし、複合機ながらプリンター市場で約25%のシェアを獲得。プリンター業界で「大化け」と言われた商品です。そして、この頃から「PCレス」という言葉を使い始めました。
金森氏 複合機に注力していく姿勢を戦略的に示し、さらにパソコンからの解放を強く印象づけたと。
中野氏 そうです。04年には、パソコンからの解放を象徴する、持ち運びができるコンパクトフォトプリンター「カラリオミー」を発売。「おうちプリント」というキャッチコピーを打ち出しました。
金森氏 「カラリオミー」の開発は、女性社員が中心になって行ったそうですね。
中野氏 コンパクトデジカメを気軽に持ち歩いてスナップ撮影を楽しむ女性が増えていたこともあり、よりユーザーに近い目線で魅力的な商品を追求しました。「大きなプリンターが部屋にあると邪魔」「デザインはかわいく」「取っ手をつけて部屋から部屋へ持ち運びたい」「写真サイズがプリントできればいいので、A4サイズは必要ない」など、男性にはなかなか思いつかないような提案が多く出され、製品に反映されました。
金森氏 「カラリオミー」は、ユーザーと写真プリントの距離感を縮めた画期的な商品でしたよね。ちなみに、03年、04年あたりは、街のDPEが苦戦し始める頃と重なりますね。
中野氏 実のところ、写真現像の代替以上に、「年賀状プリント」が一気に増えたんです。「年賀状プリント」のニーズは95年のカラリオ登場時からあり、「年賀状ソフトもサービス、サービス」というコミュニケーションを展開していましたが、「カラリオミー」の登場によってさらにニーズが高まりました。
金森氏 一家の一大イベントが、完全にプリンターの範疇(はんちゅう)に入ってきたと。なるほど。
ネットワークでつながる「エプソンコネクト」で新たな可能性
金森氏 今日は最新のカラリオもご用意していただきました。どのような新しい機能が付加されているのでしょう。
中野氏 今年発表した「EP-805A」は、スマートフォンやタブレット端末と無線LANやネットワーク環境を通していつでもどこでも簡単にプリントできます。カラリオでスキャンした写真を、離れた場所のカラリオでプリントしていただいたり、海外から家族や友達の家のカラリオに写真や文書をメールし、プリントしていただくこともできます。クラウドデータをプリントすることもできます。
金森氏 子供が描いた絵をカラリオでスキャンして、おじいさんやおばあさんの家にあるカラリオでリモートプリントできたりするわけですね。
中野氏 そうです。しかもインターネット回線を利用するので、カラーファクスのように通信料がかかりません。
金森氏 売り場対策としては、どのような工夫をしていますか?
中野氏 販売店においては、人が集まるコーナーをできるだけ確保できるように努めています。また、最近はネット通販も伸びています。そうした流れの中で無視できないのが、クチコミの影響力です。当社では、07年からブロガーを対象とする体験イベントを実施しています。そこでは、「いいことばかりでなく、改善すべき点もブログに書いてください」とお願いしています。真実の情報こそが企業や商品への信頼につながると思いますので。
金森氏 ペーパーレスの傾向はどんどん進むと思いますが、そのあたりの対応策については、どのように考えていますか?
中野氏 80年代から「ペーパーレスの時代」と言われてきましたが、デジカメの普及期には、家で写真をプリントするニーズが一気に増えました。それは、「おうちプリント」をしっかりコミュニケーションした成果だと思っています。同じように、スマートフォンやタブレット端末とつなげてプリントできる楽しさを伝えていけば、きっと新たな需要が生まれると思っています。
金森氏 ユーザー啓発は、大きなポイントになりそうですね。
中野氏 そのためのコミュニケーションに力を入れています。忽那汐里さんをイメージキャラクターに起用し、「うちから そとから 新!カラリオ」というキャッチフレーズのもと、お客様とネットワークでつながる「エプソンコネクト」をアピールしています。また、iOSとアンドロイドに対応したスマートフォンで年賀状が作れるアプリ「スマホでカラリオ年賀」も今秋提供予定です。
金森氏 インプット側のデバイスが進化していく中で、ともすると、「デジカメで撮った写真はパソコンに保存しておけばいい」「スマートフォンに写真をストックしているので、それがアルバム代わり」となりそうなところを、「プリントすることによって、すてきな世界が広がりますよ」ということを発信していくと。
中野氏 そうです。スマホの登場によって、デジカメが普及したとき以上に気軽に写真を撮る習慣が広がっているので、それを友人宅のカラリオに送ってプリントしたり、いろんな楽しみ方をしていただきたいと思います。
金森氏 確かに、プリントした写真を手にすると、パソコンやスマホで眺める以上のうれしさがありますよね。
中野氏 おっしゃる通りです。年賀状も同じことがいえると思います。年賀状の発行枚数は年々右肩下がりですが、インクジェットプリンターで印刷した年賀状は、右肩上がりで伸びてきました。それはどういうことかというと、企業が出す年賀状が激減している一方で、家庭で印刷されている年賀状の数は減っていないのです。また、若者は「あけおめメール」ですませて年賀状を出さなくなるということも言われましたが、アンケートによれば、本当に親しい人には出しています。「あけおめメールの返事がなくても傷つかないが、年賀状を出した相手から返事が来ないと傷つく」という興味深いアンケート結果もありました。実際に手に取れる物というのは、やはり心の伝わり方が全く違うんだと思います。カラリオがお客様同士の絆を深める存在であることを、伝え続けていきたいですね。
金森氏 よりコミュニケーションに根ざしたかたちで新しい価値を提供し、さらにロングセラー化する。そんなストーリーがはっきりと見えた気がします。ありがとうございました。
エプソン販売 取締役販売推進本部長
1982年信州精器(現セイコーエプソン)に入社。83年エプソン販売に出向。その後、05年コンシューマ東日本営業本部長、07年マーケティングセンター長、09年取締役兼マーケティングセンター長を歴任。10年から現職。
インタビューを終えて
カラリオは20年近い歴史の中で、「より美しく」というユーザーニーズやデジタルカメラの画素数増大に対応するために、より高精度な印刷技術を実現してきた。しかし、「プリンターはPCの周辺機器である」という常識にとらわれていたら、これほどまでにブレークはしなかったはずだ。
自社の事業がどのようなドメイン(=戦いの土俵)にいるのかという定義は極めて重要な意味を持つ。カラリオは「PC周辺機器」という縛りから自らを解き放って、「家庭用カラー出力」ともいうべき新たなドメインを作り上げた。それによって、PCレスな利便性でDPEと競合するポジションを獲得し、その需要を奪うことで成長したのである。自社の戦略を考える上では、常に新たな成長可能性を秘めたドメインを見つけていくことが欠かせないという好例である。(金森努氏)
金森 努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所取締役社長 東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員
金森氏ブログ「 Kanamori Marketing Office 」
HISTORY
1968年
EP-101 プリンター事業の第1号として製品化された、世界初の小型軽量デジタルプリンター。このミニプリンターの子供(SON)たちが、世に多く出て行くようにという願いを込めて、1975年に「EPSON」ブランドが立ち上がる。
1995年
「カラリオ」のブランドロゴが登場。プリンターといえばモノクロだった時代に、カラープリントのイメージを付加するため、「連続性」「グラデーション」を同時に表現する筆記体をブランドロゴに選んだ。
「カラリオ」のブランド名は「Color」(色)に入出力の「Input」(インプット)と「Output」(アウトプット)の頭文字を合わせている(Color+I+O=Colorio)。
1996年
PM-700 初の6色インクモデル。4色から「ライトシアン」「ライトマゼンダ」を加え、粒状感を抑えた美しいグラデーションを可能にし、爆発的ヒットとなった。カメラマンら専門家からも高く支持され、フォトプリント=カラリオのイメージが定着した。
2000年
CC-700 「カラリオ」のスキャナーとプリンターが一体となった、カラーコピーが可能なプリンターを発売。
PM-900C はがきやA4サイズのカット紙でのフチなし写真が可能なモデルを発売。余白のない本格的な写真プリントを印刷できるようになった。CDレーベルの印刷にも対応。
「4辺フチなし印刷」技術の登場に合わせて、ロゴを変更。初代のデザインを引き継ぎ、すっきりと整理されたやわらかい印象のデザイン。色味は変えずにフォルムを変更し、3Dに。
2001年
PM-790PT パソコンがなくても使えるカラリオ。メモリーカードを挿入し、プリンターのパネルを操作するだけで高画質な写真プリントが可能になった。
2003年
PM-G800 色あせしにくいインク「つよインク。」が登場。高画質写真と長期保存性能の両立を目指し、写真プリントの色あせの原因のひとつである空気中の「オゾン」に対する保存性能を飛躍的に向上させた。
PM-A850 プリント、スキャン、コピーに加え、メモリーカードからのダイレクトプリントに対応した複合機が登場。
2004年
E-100 コンパクトフォトプリンター カラリオミーが登場。
2008年
EP-801A 高画質や高速印刷だけではなく、様々な先進機能をコンパクトにまとめて、リビングルームで家族全員が気軽に使えるプリンターとして登場。インテリアに合わせやすい本体デザインが特徴。
EP-801Aに合わせてロゴデザインを変更。
カラリオが写真プリンターという枠組みを超えて、生活の中心で暮らしになくてはならない存在であるように、「i」のドットに特徴を持たせている。7つのドットには「簡単」「未来」「スタイリッシュ」「快適」「キレイ」「環境」の彩りでお客様の暮らしを豊かにする、という思いが込められている。
2009年
EP-802A 家中どこからでも使用可能な無線LANに標準対応。1台のプリンターを家族全員で共有し、それぞれの所有するパソコンからいつでもどこからでもプリントできるようになった。
E-800 プリンターだけで年賀状やあいさつ状の宛名面・通信面が簡単に作成できるキーボード付きコンパクトプリンター「カラリオ 宛名達人」が登場。普段パソコンを使わない、シニアや女性から好評を得て、キーボード付きコンパクトプリンターの市場を倍増させた。
2010年
EP-803A 操作手順に合わせてそのときに使用できるボタンだけが光る「カンタンLEDナビ」を搭載。スマートフォン向けアプリの「iPrint」も登場。
これまで黒などのダークカラーがメインだったが、カラーバリエーションとして白を追加。インテリアなどに合わせてカラーを選べることが好評を博した。
2011年
EP-804A 写真やドキュメントをメールに添付してカラリオ・プリンターに送信するだけでプリントできる「メールプリント」や、「AirPrint」「Google Cloud Print」にも対応。
カラーバリエーションに赤を追加した。ノートパソコンやデジタルカメラの色に合わせられる。
2012年
EP-805A スマートフォンやタブレット端末を使って、プリンターのある自宅だけではなく、外出先などでも簡単にプリントが可能に。従来機比約40%の小型化を実現した。また、3.5型のタッチパネル式液晶を搭載し、画面を指でスライドさせてスクロールできる「フリック操作」が可能になった。