「頭痛に」といえば「バファリン」。それが合言葉になりそうなほどブランドの認知が高い解熱鎮痛剤「バファリン」。東京オリンピック前年の1963年に米国から上陸。今年で発売から50年を数えます。ヘルス&ホームケア事業本部 薬品事業部 ブランドマネジャーの諸星裕夫氏に、50 年の足跡をうかがいました。
メッセージは「速く効く」「胃にやさしい」の2本柱
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金森氏 最初に、バファリンが日本に上陸した経緯について聞かせてください。
諸星氏 きっかけは、ライオン元会長の小林敦氏の米国留学でした。1960年代の初めに米国のビジネススクールに入学した小林氏は、優れたマーケティング経営と旺盛な商品開発力で知られていたブリストル・マイヤーズ スクイブ社を研究対象としました。そして帰国後の1962年、同社のトップブランドである解熱鎮痛剤「バファリン」、制汗剤「バン」、男性整髪料「バイタリス」の販売権獲得に成功。バファリンは翌63年9月から全国販売を開始しました。
63年といえば東京オリンピックの前年です。カラーテレビが急速に普及する中、テレビCMを通じて効能・効果を訴求しました。OTC(一般用医薬品)として前例のない大々的な広告キャンペーンだったためにインパクトは絶大で、一躍トップブランドとなりました。
金森氏 マスコミュニケーションが最も効いた時代に、その威力を最大限利用して躍進を遂げたわけですね。競合他社は、御社ほど大々的なアピールを行っていなかったのですか。
諸星氏 そう聞いています。当時の医薬品は、町の薬局で薬剤師が勧める薬を購買するスタイルが主流でした。
金森氏 広告では具体的にどのようなことを発信したのでしょう。
諸星氏 初期の広告コピーは、「胃を荒らさず速くきく」でした。頭痛に苦しんでいる方が求めているのは、何といっても「速く効く」ことです。一方で、「速く効いても体にやさしくなければ不安」という思いも当然あります。そこで、速さとやさしさが両立している薬であることを強調したのです。
金森氏 これまでの50年間のコミュニケーションの変遷についても聞かせてください。
諸星氏 「胃を荒らさず速くきく」に始まったメッセージは、その後、「早く効いて胃にやさしい」(79~88年・2002年~)、「胃にやさしく早く効く」(89年~)、「早く効いて、胃にやさしい。」(08年)と、微妙にコピー表現を変えていますが、「速く効く」「胃にやさしい」という2つのポイントは絶えず言い続けています。パッケージも、何度か小さな刷新をはかってはいますが、基本的なデザインは大事に守り続けています。
金森氏 頭痛薬を飲んで頭痛が治る。服用者はそれを当然のことだと思っています。さらに「速く効く」「胃にやさしい」という潜在的なニーズを明快に言葉にしてくれた。やっぱりこれが大きかったですね。
諸星氏 そう思います。
金森氏 テレビCMの世界観としては、どんな特徴がありますか。
諸星氏 50年の間に60本ほど制作していて、薬剤が素早く水に溶けていくイメージ映像をほとんどのCMに入れています。加えて、親子の「ケアリング」を変わらぬテーマとしてきました。頭痛で苦しんでいる母親を子供がやさしく気づかう。そんなシチュエーションの広告です。購買層の65%が女性ということで、倍賞千恵子さん、田中裕子さん、三田寛子さんなど、主に女優さんを起用してきました。
金森氏 同じメッセージを長年言い続ける難しさはないですか。
諸星氏 あります。最新の薬ではないのかも……という間違ったイメージにつながりかねないからです。コミュニケーションにおいては、最前線の薬であることをいかに情緒的に見せるかということにも注意を払っています。
金森氏 「新製品のほうが効くのではないか」という消費者心理にきめ細かく対応しているんですね。
諸星氏 メッセージは愚直なほどに変えていませんが、実は見えないところで絶えず技術開発を行っていて、最前線の薬であることは間違いないのです。例えば、胃を守る成分は当初のものとは全く違い、飛躍的に効能が上がっています。
「服用ガマン層」を取り込む
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金森氏 「速く効く」「胃にやさしい」という2大要素の訴求のバランスも大切ですよね。
諸星氏 「速さ」と「やさしさ」のイメージが常に半々になるようにコミュニケーションをコントロールしています。「胃にやさしい」ということをアピールした広告を打ったあとにイメージ調査をすると、やはり「やさしさ」のポイントが高まりますから、次は「速さ」を丁寧にアピールしていくという……。あるいは、競合が強めの薬を出したときには「やさしさ」「安心」「信頼性」を訴える。そうしたバランスも取っています。
金森氏 競合商品の話が出たのでうかがいたいのですが、数ある頭痛薬の中で、バファリンはどういうポジショニングなのでしょうか。
諸星氏 それもやはり、「速さ」と「やさしさ」の両立なんです。市場には、体にやさしいイメージを強調した商品もあれば、鎮痛を重視した商品もあります。バファリンは、両方を持ち合わせていると。
金森氏 発売当初から二つの特性は消費者に認知されてきましたが、それでもコミュニケーションを重ねなければならないということですね。
諸星氏 ドラッグストアの同じ棚には競合商品がひしめいています。各社それぞれに広告も打ち出しています。最近はSNSなどを通じたクチコミ情報も氾濫(はんらん)しています。その中には、「同じ銘柄の鎮痛剤を飲み続けると効かなくなる」といった都市伝説のような情報も含まれ、正確なコミュニケーションが欠かせないのです。
金森氏 バファリンは「指名買い」が多いそうですね。ブランドスイッチする人も少ないのではないでしょうか。
諸星氏 そもそも解熱鎮痛剤の市場は、一生涯でワンブランドという人が5割もいます。非常にロイヤルティーが高い商材なんです。ただ、メディアの多様化が進み、情報量が圧倒的に増えている中、ブランドの特性を繰り返し言い続けることの意味はますます増していると思います。
金森氏 チャネルへの働きかけも重要だと思いますが。
諸星氏 とても重要です。広告と両輪で力を入れています。予算投下のみならず、発売当初は販売員の育成を目指してセールスコンクールなども開いていました。現在はネットを活用するなど形を変えてはいますが、販売員への働きかけは続けています。
金森氏 具体的にはどのようなことを働きかけているのですか。
諸星氏 例えば、「バファリンルナJ」という商品があります。生理痛に悩む小中学生を対象に昨年発売を開始しました。それまで小児用の薬は、生後3カ月~7歳未満のお子さまのかぜ用シロップ「キッズバファリン」と、小中学生専用の解熱鎮痛薬「小児用バファリン」しかなく、頭痛・生理痛薬は15歳以上を対象とした「バファリンルナi」しかありませんでした。その空白を埋めるために売り出した商品です。実は、当社の調査でわかったのですが、生理痛がひどくても薬を飲まず我慢する方が多く、その理由として、「小中学生のときに『女性特有の痛みだから我慢しなさい』と親に言われたから」という回答が圧倒的に多かったんです。そこで販売店には、小中学生とその親御さんをはじめ、がまんの習慣がついてしまった大人世代にも、「薬を飲めば、楽に日常生活を過ごせますよ」ということを伝えてもらうようにお願いしています。
金森氏 コアターゲットの手前の年齢層に働きかけつつ「服用ガマン層」を取り込んでいくと。なるほど、有効な戦略だと思います。
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諸星氏、金森氏
家庭の常備薬からパーソナルユースへ誘導する
金森氏 ターゲットという点で、競合との違いはありますか。
諸星氏 基幹商品のバファリン──現在は「バファリンA」が正式名称ですが、この商品は家庭の常備薬としてほかのどのブランドよりも優位性を保っています。ただ、それが一つのハードルにもなっています。
金森氏 といいますと。
諸星氏 解熱鎮痛剤のニーズには、年代的な変局点があります。女性ユーザーの年代別対処症状を調べたところ、10代は主に生理痛、20代は頭痛と生理痛の両方、30代以降は主に頭痛に対処するために服用しています。10代はお小遣いが限られていますから、たいていは家の常備薬を服用します。20代になると自分で稼げるようになり、親と離れて暮らすようになったりしますから、自分に合った薬が欲しいというニーズも出てきます。その変局点で、「家の常備薬」というイメージから一度脱皮する必要があるんです。
金森氏 姉妹商品の数々は、その変局点をめがけているのではないのでしょうか。
諸星氏 おっしゃる通りです。女性らしいパッケージの頭痛・生理痛薬「バファリンルナi」は20代に、錠剤速崩技術を採用し、より速く頭痛に効く「バファリンプラスS」は、責任ある仕事をされている方も多い30代にアピールしています。
金森氏 錠剤速崩技術とは。
諸星氏 錠剤が速く溶ける技術です。当社は洗剤の販売も行っていますが、洗剤を素早く水に溶かす技術を「バファリンプラスS」の錠剤に応用しています。こうしたシナジーを発揮できるのは当社の強みですね。
金森氏 なるほど。
諸星氏 効能、機能、パッケージ、また、価格においても普及価格の「バファリンA」からプレミアム価格の「バファリンプラスS」まで、パーソナルユースに対応するラインアップをそろえているのです。変局点の引き継ぎをうまく誘導することで、家庭を持った方がもう一度「バファリンA」に戻る。そういうサイクルも生み出したいと考えています。
金森氏 実際、商品の細分化によって消費者とのレレバント(関係性)は高まっていますよね。つまり、「自分のブランド」というイメージの醸成に成功している印象があります。
諸星氏 ありがとうございます。広告も販売店への働きかけにおいても特に重点を置いていることです。
金森氏 競合との兼ね合いをさらにうかがいますが、医療用医薬品は競合と見ているのですか。偏頭痛の疾病啓発広告などを見たことがありますが。
諸星氏 バファリンが対象とする頭痛と偏頭痛とでは基本的に質が違うので、競合とは考えていません。ただ、偏頭痛なのに市販の頭痛薬を飲み、効かないためにいろんなブランドを渡り歩いている方もいます。そこはきちんと啓発していかなければなりませんし、誠意ある対応がブランドへの信頼につながると思っています。
金森氏 そうしたこともレレバントを高める大きなポイントではないでしょうか。競合という話でもう一つ。男性をターゲットとした頭痛薬も他社製品にあります。その点のバファリンのポジショニングは。
諸星氏 使用頻度も使用量も圧倒的に多いのは女性なので、メーンターゲットはあくまで女性です。女性が男性に勧めるケースも多いんです。それに、そもそも男性のユーザーはかなり獲得できていると思っています。
今後のコミュニケーションのカギは双方向性
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金森氏 商品の細分化において、新たな可能性はありますか。
諸星氏 年齢や痛みの度合い以外のカテゴライズができないかと知恵をしぼっているところです。
金森氏 一人に複数のブランドを持ってもらうという戦略もあるのではないでしょうか。例えば、平日は忙しいからより速効性の高い「バファリンプラスS」、休日は普及価格の「バファリンA」などと、曜日やシーンで使い分けたり……。
諸星氏 3年前に発売を開始したかぜ薬「バファリンかぜEX」は、そうした意図もありました。バファリンの熱や痛みに速く効くイメージと、有効成分が速く溶ける技術を採用したかぜ薬で、明日の仕事を休めない人たちを応援するものです。
金森氏 「バファリンかぜEX」は、ブランドエクステンションの一環ではありますが、市場環境は解熱鎮痛剤と違いますよね。
諸星氏 まったく違います。参入したきっかけは、頭痛や発熱を感じてひとまずバファリンを飲んで、次に風邪薬を飲む人が多いという調査結果でした。熱と痛みに特化した風邪薬を作れば、バファリンの次に飲んでいただけるのではないかと。
金森氏 参入後の手応えはいかがですか。
諸星氏 競争は激しいですが、新しい市場に学ぶことは多いですね。解熱鎮痛剤とのカニバリゼーションは起こっていません。
金森氏 私の場合、風邪の初期症状はだいたいノドの痛みなので、ドンピシャのターゲットだと思います。
諸星氏 そうですか(笑)。とにかくこれからの時代は、お客様のニーズの分析をいちだんと深くし、商品やコミュニケーションに反映していかなければならないと思っているんです。
金森氏 今後はどんなことを目指していますか。
諸星氏 商品においては、効き目の「速さ」においてまだ開発の余地があると考えています。ただ、コミュニケーションにおいては「速さ」ばかりに焦点をあてて先鋭的になりすぎないように、あくまで「やさしさ」とのバランスをはかっていくつもりです。
金森氏 「速さ」についてあえてとがった表現を控えるとなると、商品革新を人から人へと伝えてもらうような工夫も重要になってきますね。ソーシャルメディアの活用も始めているようですが。
諸星氏 専用サイトやツイッター上に、“頭痛のタネ”を食べるオリジナルキャラクター「バファリス」を登場させ、双方向コミュニケーションを展開しています。広告によってブランドの認知を高めることはできますが、本当の意味で効果的なコミュニケーションをねらうなら、症状が出たそのときに見ていていただくのがいちばんです。スマートフォンの機能を活用したプロモーションなど、いろんな可能性を探っていきたいと考えています。
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ライオン ヘルス&ホームケア事業本部 薬品事業部 ブランドマネジャー
1986年にライオン株式会社に入社。薬品の開発、歯科用予防品の製品企画担当、OTC薬マーケティング担当を経て、2007年よりバファリンのブランドマネジャーを務める。
インタビューを終えて
よい商品を作っただけでは、モノは売れない。消費者へアピールする広告・プロモーションで認知を高めつつ、販売チャネルへ適切に働きかけることも欠かせない。その点、バファリンは長い歴史のいつにおいても、必要な要素を最適化する「整合性」を図っていることがわかるだろう。
環境の変化への対応も怠ってはいない。商品ラインアップの拡張は、近年顕著な消費者ニーズの細分化に対応した生き残りの秘策である。変わらないと見える広告メッセージも、競合の動きと消費者の受け止め方に対応して、訴求内容に絶妙なさじ加減をしている。
「整合性」を図りつつ、変えるべきところを、変えるべきタイミングで適切に変えていく。50年の長きに渡ってロングセラーの必須要件を徹底して行ってきたバファリンの展開から学ぶべきところは大きい。(金森努氏)
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金森 努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所取締役社長 東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員
金森氏ブログ「 Kanamori Marketing Office 」
HISTORY
1963年
日本で「バファリン」発売
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テレビCM
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ポスター
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1969年
「バファリン」パッケージをリニューアル
「早く効く」「胃の荒れ防止」を広告で訴求。
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1977年
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「バファリンA」
「バファリンA」発売
1985年
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「小児用バファリンCⅡ」発売
3歳以上15歳未満が対象。
1991年
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「バファリンエル」>
生理痛に的を絞った「バファリンエル」発売
1998年
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「バファリンA」
「バファリンA」パッケージリニューアル
1999年
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「小児用
バファリンチュアブル」
「小児用バファリンチュアブル」を発売
錠剤が苦手な子供でも、水なしで口の中で溶かして服用できる。
2000年
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「バファリンA」
「バファリンA」の錠剤を小型化
飲みやすさを向上した。
2002年
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痛みや熱に的を絞った「バファリンプラス」発売
生後3カ月から使用できる「キッズバファリンシロップシリーズ」発売
2004年
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「キッズバファリン
シロップシリーズ」
「キッズバファリンシロップシリーズ」全6種類のラインアップに拡大
2006年
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「バファリンルナ」
生理痛・腰痛に的を絞った「バファリンルナ」発売
2007年
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「バファリン顆粒」
苦みをなくして飲みやすくした「バファリン顆粒」発売
2009年
よりスピーディーに効く「バファリンプラスS」発売
「バファリンルナ」パッケージリニューアル
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2010年
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有効成分が速く溶けるかぜ薬「バファリンかぜEX」発売
2012年
頭痛と生理痛に速く効く「バファリンルナi」発売
小中学生用の「バファリンルナJ」発売
「小児用バファリンCII」リニューアル
「小児用バファリンチュアブル」リニューアル
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「小児用
バファリンチュアブル」