2022年3月26日(土)、コミック『戦争は女の顔をしていない』第3巻の発売に合わせて朝日新聞朝刊に全15段広告が掲載されました。作品から引用したクリエーティブと、現代の世界情勢に突きつけるメッセージが多くの人の心を打ち、SNSでも大きく話題化。新刊の発売を待っていたファンはもちろん、これまで作品を知らなかった人たちにも、「今こそ、彼女たちの声に耳を傾けてほしい」という願いが届きました。掲載の背景について、KADOKAWA 宣伝局 宣伝3部の平野修策氏、宣伝5課の阿部崇平氏、水野あや氏に聞きました。
世代・性別を超えて広い層に届けるために新聞広告を活用
「今こそ読むべき」と注目を集めているコミックがある。KADOKAWAが刊行する『戦争は女の顔をしていない』だ。第2次世界大戦下、旧ソ連軍の兵士として最前線に赴いた女性たちの生々しい体験を一人ひとりにインタビューしたロシアの作家・スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの原作『戦争は女の顔をしていない』を、小梅けいと氏の作画でコミック化した作品。戦争の実態を伝える貴重な作品として、2020年1月に第1巻が発売されて以来、多くの読者から賞賛の声が寄せられている。
同作品は、第1巻から新聞広告を軸にした広告展開を行ってきた。1巻発売当初からプロモーションを担ってきた同社宣伝局 宣伝3部 宣伝5課の阿部崇平氏は、その理由を次のように語る。
「ノーベル文学賞作家が書いた作品を、日本人漫画家が海を越えてコミカライズするという、業界でも大変珍しくそして意義深い取り組みだったので、従来のコミック読者だけをターゲットにするのではなく、世代や性別を超えたより広い層に届けたいという思いがありました。そこで、コミックですが書籍のようなアプローチをしようと考え、ウェブよりも新聞や交通系の広告展開を多めにし、"いま話題の書"という見え方を目指しました。特に、新聞という媒体は本書をプッシュしてくださるだろう書店や流通の方々の目にも留まりやすいという印象があったので、第1巻、2巻ともに、発売に合わせた新聞5段広告を出稿しました」(阿部氏)
その後、同タイトルは数度にわたって5段広告を掲載。新聞との相性の良さに手応えを感じた阿部氏は、第3巻の発売を「2度目の新発売にしよう」と、発売日に合わせた全15段広告の出稿を決めた。5段広告では、タイトルや書影が目立つ販促寄りのデザインだったが、15段広告では深く印象を残すクリエーティブにチャレンジしたいという思いがあったという。
「1、2巻発売時は堅実に実売増を目指すため、5段広告で、話題書として映るオーソドックスな造りを徹底していました。今回、3巻目にして改めて"こんな漫画があるんです"という宣言を高らかにしたかった。新聞の全15段広告は社会的なインパクトが非常に大きい、そこに望みを託し出稿を決めました」(阿部氏)
第3巻の宣伝企画を進めるタイミングで、プロモーションの責任者が阿部氏から同課の水野あや氏にバトンタッチ。そのときの思いを水野氏は「身が引き締まる思いでした。特に『戦争は女の顔をしていない』は題材的にも宣伝方針をしっかりと考えなくてはならない作品。3巻の宣伝施策の目玉でもある15段広告はどんなデザインにしようかと頭を悩ませました」と語る。
世界情勢を鑑みた配慮ある広告でもインパクトは残せる
しかしここで作品を取り巻く状況が一変する。2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が報道されたのだ。くしくも同タイトルは、ウクライナの首都キーウなど、報道でよく見る地名も登場する作品。現在の状況と重ねて読む人も増え、コミックはさらに注目を集め始めた。前々から決まっていたこととはいえ、このタイミングでの15段広告の出稿には批判が起きる懸念もあった。
「国際情勢が変わる前から宣伝戦略のひとつとして全15段広告の出稿は決めていたことですが、作品の内容的に情勢を無視するわけにはいきませんから、編集部と何度も話し合いました。その中で出てきたのが、“売れてほしいというよりも、なんとか伝わってほしい”という言葉。その編集部の思いがメッセージとして伝わる広告にしようと方向性を定めました。当初は何か読者の目を引く、気の利いたコピーが作れないかと思案していましたが、考えれば考えるほど、私がどれだけ言葉を尽くしても、この本に収録されている当人たちの言葉にはまったく敵わないと思うように。第3巻に収録されているエピソードはどれも胸を打つものでしたが、初めて原稿を読んだ時、第16話で涙が止まらなかったことを思い出し、この部分を引用しようと決めました。私が書いたコピーは、右下の“今こそ、彼女たちの言葉に耳を傾けてほしい。”のみでした。」(水野氏)
このように作品に携わる人たちの思いを乗せた形で出稿されたのが、2022年3月26日(土)付朝日新聞朝刊に掲載された15段広告だ。言葉も、絵も、第3巻から抜粋したもので、書影さえない。余白を生かしたデザインに、「今こそ、彼女たちの言葉に耳を傾けてほしい。」のコピーがそっと寄り添う。このシンプルながら胸に迫るクリエーティブには水野氏のこだわりが詰まっている。
「新聞ですから反対側にはぎっしりと記事が載っていることを想定し、あまり情報を詰め込み過ぎないようにしてコントラストを生みたいと思いながら作り上げました。上下でテイストを分けたのは、読者の読み味を変えたかったため。上で戦争が終わったらという理想を話し、下で“ところが今はどう?”と問いかけることで、ジワジワと重みを感じていただければいいなと思いました」(水野氏)
メッセージを届けながらも、ウクライナ侵攻という情勢への配慮が行き届いた新聞広告は、読者に強いインパクトを与えた。同社サイトの問い合わせフォームに「新聞広告を見て感動しました」というコメントが届き、『戦争は女の顔をしていない』コミック版のTwitter公式アカウントが15段広告掲載を告知したツイートは1万近く「いいね」され、大きな伸びを見せた。「Twitterは新聞15段がすべて収まる形で目に入るので、拡大しなくても読めるフォントサイズにしています」という水野氏の工夫が実った形だ。
J-MONITORの調査でも「タイムリーで大胆な、そして琴線に触れる1コマをクローズアップした一面広告に惜しみなく拍手を捧げたい(一部抜粋)」など好意的なコメントが目立った。懸念していた批判の声はほぼ見られなかった。
「調査報告を見ると、この新聞広告をきっかけに初めて作品を知った方が多かったようで、“2度目の新発売”というコンセプトに合致した結果と受け止めています。新聞広告に印象的なクリエーティブを載せて、本書の存在を今一度伝えたいという大きな目的は果たせたのではないかと思っています」(阿部氏)
出版社ならではの、クリエーティブを自ら生み出せる体制
阿部氏、水野氏をはじめとするチームのコンセプトがしっかりと伝わる広告に仕上がったのには、各担当が自らラフから作るなど、宣伝部門が積極的にクリエーティブディレクションを行う制作体制も寄与していると考えられる。この同社の体制について阿部氏は次のように話す。
「宣伝局は日々、数多くの作品を担当しますから、一つひとつ広告会社に依頼する時間的、予算的余裕があまりないという現実的な事情もあります。ただ一方で、自分たちの手でクリエーティブを作り上げて世の反応を問えることこそ、宣伝担当の醍醐味だと思っています。作品を作るのは編集部ですが、我々は"その作品の何を、どのように広告で表現すれば世の中に響きうるか?"を考え抜き、より効果的なクリエーティブを実現していく、という気概で仕事をしています」(阿部氏)
新聞広告とソーシャルの掛け合わせによる波及パワーを確認
15段広告の出稿を経験し、あらためて気づいた新聞広告の魅力について阿部氏、水野氏に聞いた。
「今回、初めて15段広告を担当したのですが、メッセージの伝わり方の大きさに改めて驚きました。“多くの人に届いた”という実感があり、機会があればもっといろんなクリエーティブに挑戦したいという気持ちが湧いているところです。媒体としての面白さ、可能性はまだまだあると思います」(水野氏)
「新聞は他のメディアと違う、独特の佇(たたず)まいを持っていると思います。それは、コミックながら文芸・ノンフィクション作品のような見え方にしたい、ある種の"重み"を持たせたい、という広告クリエーティブ上の狙いに適していました。『戦争は女の顔をしていない』においても、そこに期待して1巻から宣伝展開の主軸にしてきました。そして特に、15段広告というスペースとなると同じ新聞広告でもより大きなインパクト、影響力を持つのだなと実感。今回の取り組みは、新聞とTwitterの掛け合わせで大きな波及パワーが生まれることが分かった良い事例になりました」(阿部氏)
新聞×ソーシャルメディアの関係については、宣伝3部 部長の平野修策氏が次のように総括してくれた。
「今は多くの企業が同様に考えていると思いますが、弊社においても新聞広告は、“新聞の読者のみ”をターゲットにしているのではなく、ソーシャルで話題化し、より多くの人の目に届くことを目的に出稿しています。ただ話題の発火点が新聞であるということには大きな意味があると考えています。日頃から文字を読みなれている人たちだからこそ、広告のメッセージが響きやすく、話題に上げてくれるのだと思いますし、“新聞×コミック”という掛け合わせがバイラルになりやすいのも、そもそも新聞という媒体に信頼や重みがあるからこそです。実際に拡散するツールはソーシャルですが、“拡散力を持つ媒体”ということでは、やはり新聞が代表的なメディアなのだと思います」(平野氏)
インタビューの最後、水野氏が作品に対する思いをあらためて語った。
「『戦争は女の顔をしていない』は、原作を読みやすく、でも軽くならないよう、鮮烈な表現や生々しい証言などを大切にしながら作っている作品です。宣伝担当としても、この作品が一人でも多くの人に届き、その人の胸に作者の、そして作中の登場人物の声が響くよう願っています」(水野氏)