「日本人」そのものが最強のクールジャパンである

 政府も乗り出したクールジャパンの取り組みの課題は何か。今後どういう方向に進むべきなのか。海外でのビジネス経験が長く、週刊誌『AERA』の連載コラムや自身のブログなどで、日ごろから日本がどのように海外に受け止められているかを発信している山口正洋氏に聞いた。

何が売れるか分からない 政府は「仕組み作り」に注力を

山口正洋氏 山口正洋氏

──これまでのビジネス経験を通じて、海外での日本の評判をどのように捉えてきましたか。

 外国人にとって日本の何が「クール」なのか。それは日本人そのものなのです。ウソをつかない、誠実である、時間を守る、他人の足を引っ張らない……。こうしたことは、私たち日本人の常識です。ところが、世界では必ずしもそうではありません。

 会津藩士の教育指針「什の掟(じゅうのおきて)」を見ると、「虚言を言う事はなりませぬ」「卑怯(ひきょう)な振舞(ふるまい)をしてはなりませぬ」「弱い者をいぢめてはなりませぬ」といった考え方は、会津のみならず日本人の精神文化として脈々と受け継がれています。しかし、海外では、「ウソも方便、だまされるほうが悪い」「あらゆる手段を用いて相手を倒すべし」「弱いものから奪い取ることが最大の収益源」という考え方も間違ってはいないのです。

 振り返ると、私が商社に勤めていた1970~80年代前半は、戦後からの「日本製品=粗悪品」というイメージがまだ残っていました。そうしたイメージを覆すべく、あらゆる業界の先輩方が大変な努力をして今日の「日本ブランド」の信用を築いてきました。

 私は現在、シンガポールにも拠点を持っています。シンガポールでは、「100円ショップ」のダイソーが成功しています。ここの商品には生産コストを下げた中国製のものも多く、しかも現地の店では同じ商品がより安く売られています。それなのにわざわざダイソーで買っている。現地の人に「なぜ(割高な)ダイソーで買うのか?」と聞くと、「日本人の店は悪い商品を売るはずがないから、この店で買えば安心だ」と答えました。こうした評価を受けることこそ「クールジャパン」だと思いませんか。

 極論を言えば、国が力を入れるべきは、文化輸出振興よりも教育なのかもしれません。日本人が「日本の常識」を守れる人であり続けることが、クールジャパンの前進策ではないかと私には思えます。

──クールジャパン政策について、どう考えますか。

 確かに言えることは、現地で何がヒットするかは誰も予測できないということです。日本のマンガが海外でこれほどウケるとは、誰が予測していたでしょう。今や世界中で愛されている日本食の代表であるすしも、外国人がすすんで生魚を食べるようになるとは想像もできませんでした。北海道に外国人観光客が訪れるようになったのは、外国人観光客誘致のための「ビジット・ジャパンキャンペーン」の取り組みよりも前に、オーストラリア人の間で「オーストラリアの夏にスキーができる」というクチコミが広がったからです。東南アジアでは「雪が見られる」という理由で、北海道は京都よりも人気があります。雪が訪問する動機になるとは、つい最近までお役所の方々は知りませんでした。

 要するに、ヒットの多くは予想を超えたところで起こっています。「マンガを世界に」「和食を世界に」などと、政府が文化を区分けして発信することに、私は懐疑的です。それよりも政府に期待したいのは、文化の輸出入がうまく回る仕組み作りです。

──その仕組み作りに必要なことは。

 海外で日本文化を発信するために努力している企業に対して法人税を5年間免除する。これをやるだけで、地方の中小企業に至るまでビジネスチャンスが広がると思います。税金を海外投資に充てられます。
観光誘致にも提案があります。私の知人で、ある国の官僚は、「日本は県ごとに知事がアピールにやって来るが、政府要人との面会の調整が大変。どうせならまとめて来てほしい」とボヤいていました。確かに47都道府県がタッグを組めば、先方に負担がかからない上、オールジャパンの方がインパクトもある。その調整は、政府が大いに役割を果たせるのではないでしょうか。

 もう一つ政府に実行してほしいのは、ロイヤルティーの管理です。日本は、タレントも神社仏閣などの文化財も、写真使用の際は個々に許可を取らなければなりません。こうした権利を一括して管理する体制にできれば、コンテンツとして使用しやすくなって、クールジャパンにも貢献すると思います。現時点では難しい課題もありますが。その点では、韓国の方が権利関係の取り組みは巧みで、日本よりも扱いやすくなっているようです。

 海外進出を目指す企業の一定期間の法人税免除、オールジャパンの売り込み、ロイヤルティーの管理。文化輸出の風通しをよくするうえで、この3点はぜひ政府に期待したいところです。

「受信」態勢を整えて相互交流を促進すべき

山口正洋氏

──仕組み作りの他に政府に期待することは。

 国の文化というのは相互交流があるからこそ息づくもので、発信ばかりでなく「受信」も大切です。日本で海外文化に触れるチャンスが広がれば、興味を持った国に赴く日本人が増え、彼らを介して日本の情報が世界に伝わります。また、日本でビジネスを展開する外国人が増えれば、彼らが自国に帰った際に日本の情報を伝えてくれます。

 ただ、日本の受信態勢はきわめて不親切です。外国人が日本で飲食店を開く場合でも、日本語での書類提出を求めるので大変な苦労になります。こうした手続きの改善も政府の務めではないでしょうか。

 一方、評価できる取り組みもあります。海外の青年を招致し、国際交流の業務と外国語教育に従事してもらう「JETプログラム(語学指導などを行う外国青年招致事業)」は、大きな意味でクールジャパンに貢献していると思います。派遣先は日本全国で、任務を終えた人たちは、「日本の魅力は東京や京都だけじゃない」「日本の郷土料理にも面白いものがたくさんある」「日本はすばらしい」といった情報を自国に持ち帰ってくれています。

──人の交流がとても重要なのですね。

 そうです。少し話はそれますが、日本食の魅力をフランスに伝えたのは、フランス料理のシェフたちでした。フランス人シェフにとって『ミシュランガイド』で三ツ星を取ることは最高のステータスです。ミシュランには「インプルーブメント(改善)」という項目があって、毎年何かしらの「進歩」がなければ星の数を維持できない。そこでシェフたちは世界各国の料理を懸命に研究し、中でも日本食の調理技術に注目しました。

これも、日本側から「クールだろう?」とアプローチしたわけではありません。素材の特性を知り抜いた日本の板前さんが、伝統的な方法で魚をさばいたり、調理したり、盛りつけたりするのを見て、フランス人たちが「クール」だと思ってくれたのです。冒頭に述べた「日本人そのものがクール」ということに通じる話です。日本料理店で修行したいフランス料理のシェフもきっといるでしょう。そういう人が来日しやすい環境を整えるのもいいのではないでしょうか。

──日本語コンテンツの翻訳サポートもクールジャパンの取り組みの一つです。

 予算配分の優先順位としては、まず観光庁のホームページを充実させるべきだと思います。現状では、海外の人たちにとって十分な情報を提供しているとは思えません。フランス政府が海外向けに発信しているウェブ情報はとても充実しています。

 フランスに習うべき点がもう一つあります。それは言語教育です。同国政府は、フランス語を教える海外の語学学校などに膨大な予算を投じています。日本も、コンテンツの翻訳だけでなく、コンテンツを翻訳できる外国人の育成にもっと力を注いでいいと思います。

 文化、人、言語、あらゆる意味で相互交流が進む仕組み作りが重要で、政府の実行力に期待しています。

山口正洋(やまぐち・まさひろ)

経済金融評論家・投資銀行家

1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。丸紅を経て87年からモルガン・スタンレーなど米国ウォール街で投資銀行業務に携わる。2005年にロータス・パートナーズ、グッチーポストを設立。企業の海外進出などのアドバイザーや投資銀行家として活躍。04年から「ぐっちーさん」の名称で経済評論家としてブログで発信を続ける。サブプライム危機、ユーロ危機をそれぞれ数年前に予測するなどして08年にアルファブロガー賞受賞。『AERA』『東洋経済オンライン』などに連載中。著書に『なぜ日本経済は世界最強と言われるのか』(東邦出版/2012年)、『ぐっちーさんの本当は凄い日本経済』(朝日新聞出版/2013年)など。