商品をめぐる「物語」が消費動機になる時代

 「2011年の生活者意識と企業活動は、震災前後で大きく変わったと思います」と話す、金森努氏。企業の事業戦略・マーケティング戦略の立案・実行や、マーケター育成を支援する同氏。様々な実践に携わる立場から、消費者の新しいニーズや企業の目指すべき方向性について語ってもらった。

消費者の目はより厳しく、企業はより社会的に

金森 努氏 金森 努氏

――2011年、生活者はどのような消費マインドだったと振り返りますか?

 年初は、「消費が上向いてきた」という報道がちらほら出てきて、かといって消費者はそうした実感を持てないまま、「好景気待望論」が一人歩きしていた気がします。ただ、長引く不況下、節約疲れも見え始めていました。そうした中で震災があり、消費は再び大きく落ち込むだろうと思われました。しかし、政・官発の目測は悲観的だった一方、生活者は、震災直後は生活防衛に身を固めたものの、1カ月も経つと「東北支援」などの名目での消費に徐々に財布のひもをゆるめていった印象があります。

 顕著だったのは、消費の二極化です。百貨店の高額商品などが動き出した一方で、ユニクロに代表される廉価品も動いています。そこには、高所得者が高額品を求め、低所得者が廉価品を求めている構図があります。上流層と中・下流層との格差が顕在化し、中・下流層が背伸びをして物を買うバブル期のようなこともなくなり、消費者に明確な価値を訴求できない中途半端な価格、ブランドが取り残されている現象といえるでしょう。それは必ずしも悪いことではなく、今後定着していく傾向だと思います。

 また、人々の商品を見る目は厳しくなっています。そうした中、昨年オープンした有楽町ルミネは、プレセールと初日の売り上げが1.9億円に上りました。同店はセレクトショップの集合体で、ブランドの名前というよりは、女性たちの心をくすぐる品ぞろえで勝負しています。消費者の価値観(Customer Value)に合致した明確なKBF(Key Buying Factor)を提示できれば売れる。そんな段階にきているのだと思います。

――2011年に生活者の共感を生んだ、消費者の気持ちにマッチした企業のコミュニケーションとはどのようなものだったのでしょうか?

  企業のコミュニケーションも、3・11以前、以後とで変化があったと思います。3・11以前は、企業はメッセージを一方的に発信し、消費者は受動的にとらえる、あるいは受け流す、というパターンが少なくありませんでした。その一方、ネットコミュニティーなどで、消費者同士のコミュニケーションがさかんになっていました。それが、3.11以後、いかに社会に貢献していくかを真摯に突き詰め、生活者との双方向コミュニケーションを目指す企業姿勢が目立つようになったと思います。

 広告活動の中で特に感心したのは、エステー「消臭力」のテレビCM「ミゲルくん篇」です。ACのマナー啓発広告「ポポポポ~ン」一色だった時期、美少年のたえなる歌声に商品名をのせて視聴者に強烈なインパクトを与えました。18世紀の大地震と津波から復興したリスボンの街を背景にするなど、心憎い演出も印象的でした。

 企業のCSR活動では、ヤマトホールディングスがいち早く打ち出した「宅配貨物1つにつき10円が寄付される」という仕組みが傑出していたと思います。震災前からコーズ・リレーテッド・マーケティングが注目されていて、ボルヴィックの「1L for 10L」はよく知られますが、その仕組みを震災後もっとも求められた宅配サービスに採用した決断はさすがでした。また、宅配便の取り扱い個数と寄付金額の累計を随時新聞広告で報告し、一般生活者とのコミュニケーションを実現しているところもすばらしいと思います。

公明正大な情報提供が消費者の心をつかむ

――2012年、生活者の価値観はどのような方向に向かっていくのでしょうか?

 消費は動き始めています。しかし、それがバブル再燃のような方向に動くことはまずないでしょう。消費者は「買う理由」を見定めるようになりました。自ら内省し、その上で商品を提供する企業の姿勢を見ます。トレーサビリティーやCSRなどもしっかり評価し、ネットやソーシャルメディアでの意見交換を介してその流れは大きく加速していくと思います。

――これからの生活者の価値観に応え得る企業活動とは?

 今の消費者は、企業がどういう姿勢でモノづくりに取り組んでいるのかを知りたがっています。これに応え得る活動とは、惜しみない情報提供です。その際、いかに公明正大にすべてを明らかにできるかどうかで、得られる信頼の大きさが変わってくるのではないかと思います。

――企業が消費者の心をつかむため、ブランド価値を高めるためには、何が必要だと思いますか?

 バブルの頃のように、中・下流層が背伸びをして物を買う時代ではないと先述しましたが、背伸びにはお金をかけなくても、自分の価値観に合った商品、愛着の持てる商品にはお金をかけたいという人はむしろ増えている気がします。農産物にしても、衣料品にしても、商品の背景にある「物語」を積極的にコミュニケーションし、消費者と共有する。さらに、消費者同士のクチコミを促す。そうした配慮が求められているのではないでしょうか。

――さらに進化・複雑化するメディア環境に対応する情報発信が企業に求められています。マスメディア、マス広告はどんな意味を持つようになっていくでしょうか?

 昨年、「家政婦のミタ」というドラマが高視聴率を保持、最終回で40%という数字を叩き出し、テレビのマスメディアとしての底力を見せつけました。また、主演の松嶋菜々子さんの衣装に影響された「ミタファッション」もはやり、トレンドセッターとしての役割も顕在なのだなと感じました。テレビはインターネットに浸食されつつも、なくならないだろうと思います。

 一方で心配なのが新聞です。若年層だけでなく、30代の会社員なども新聞を読まなくなっています。彼らは「ネットがあるし」と言いますが、ネットで十分な情報収集をしている形跡もありません。「PEST分析」という、政治的環境要因(Political)、経済的環境要因(Economic)、社会的環境要因(Social)、技術的環境要因(Technological)の4つの切り口でマクロ環境を分析するフレームワークがあります。私が持っている大学の講義や社会人講座でこれにのっとった調査をすると、新聞を読まない人が、網羅的な情報収集ができていないことが歴然として分かります。彼らの「情報収集リテラシー」の低下が懸念されます。

 新聞社には、若い会社員向けに「新聞の読み方」講座をやってほしいと思います。ネットを活用する前提で、「ここは新聞。その先はネット」という実際の活用をイメージしてもらうのです。そこまで手厚く説明しないと、読者離れは進む一方だと思います。また、「この情報は知っておくべき」という強い主張をもっとしてほしい。ネットを通じて身近な人が身近な情報を発信する時代になり、情報の価値が「手に入れやすさ」や「信じやすさ」になっている向きがあるからこそ、新聞メディアの真価である「公正さ」や「正確性」を声高に訴えていく責任があるのではないでしょうか。新聞広告に載っている情報も、商品の真価や人気商品となっている理由など、社会の「基準」として知っておくべき情報だと思います。

――2012年、何をポイントにマーケティング、コミュニケーションを考えるべきですか? 企業の宣伝・マーケティング担当者、広告会社、メディア企業など広く広告業界の方々へのご提言をお願いします。

 昨年末に京都の清水寺で貫首が揮毫(きごう)した2011年の漢字は「絆」でした。今年、そのキーワードは多くの日本人に浸透し、具体化の模索が始まるでしょう。「絆づくり」に正面から向き合い、自社なりの答えを消費者に提示していただきたい。企業の動向にかつてない注目が集まる中、自社は何者で、何をなせるのか、なすべきなのかを再考し、モノづくりやコミュニケーションなどあらゆるプランに反映してほしいと思います。  

金森 努(かなもり・つとむ)

金森マーケティング事務所

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員。
■アーカイブ「金森努のロングセラー商品の戦略を聞く!」を掲載
■金森氏ブログ「 Kanamori Marketing Office