知は社会の礎、読書は知を体系化して理解させる

 「経営改革のプロ」として2007年1月に丸善に入社。顧問を経て、同年4月に代表取締役社長に就任した小城武彦氏。書店という出版流通の川下から業界全体の活性化に取り組んできた氏は、2010年2月、同じ大日本印刷グループの図書館流通センターとの経営統合の下に誕生予定の持ち株会社「CHIグループ」の代表取締役社長兼最高経営責任者への就任が予定されている。出版界の現状への認識やグループの今後などを聞いた。

書店に求められるマーケティング力

丸善 代表取締役社長 小城武彦氏 丸善 代表取締役社長 小城武彦氏

――出版界の現状や課題を、どのように感じていますか。

 非常に憂慮しているというのが、正直な思いです。国土が狭く資源も乏しい日本は人材で生きている国です。それを支えているのが知であり、出版物だと私は思っています。その売り上げが下がっているのは一大事です。

 中でも業界が抱える問題は、マーケティングの弱さです。特に書店はそうです。その背景には委託販売制度へのある種の甘えがあると思います。市場が拡大している中では、なるべく多くの本をお客様との接点に置き、消費を喚起することに委託販売制度は大きく貢献しました。しかし少子高齢化が進み市場が成熟化している現在は、マーケティング力がなければ、売れるものも売れません。

 返品できるということは、売れなければ返せばいいということ。その結果として、多くの書店はお客様の関心を分析するというプロファイリングが非常に苦手です。商品と顧客のニーズのマッチングの精度が、すごく甘い。売れない本がたまって返品となる非効率を生み、また、どこの書店も個性がないという状況を生みました。書店に行くこと自体の魅力が失われていることを危惧(きぐ)しています。

――丸善の場合、その点についてどう対処していますか。

 まずは「売り切る力」をつけることを徹底しています。それはお客様が何を期待して丸善に来られているか、しっかりと見るということです。次にインターネット通販との差別化をはかるために、「提案する力」を身につけるということです。ほしい本をすぐ届ける利便性ではインターネットと勝負はできません。リアルな書店にどんな役割があるかを追求し、驚きのある出合いを提供するぐらいの提案力がないと厳しいと思います。

 それを突き詰めて言えば、「書店の競争力が『規模』だけではなくなる」ということです。大きな書店でなければもうからないという状況は、お客様にも不幸でしょう。私が東京都書店商業組合の理事をお引き受けしているのも、「高齢化の時代に、徒歩圏に書店がない国にして本当にいいのか」という思いがあるからです。だれもが散歩をする圏内に、本屋さんがある。そんな日本の読書環境を残すには、地域性や顧客層に合致した品ぞろえの書店や、店主さんの個性を反映した書店が生まれやすい環境に変える必要があると思います。

――そういった構造の変化に、多くの「街の書店さん」が適応できるでしょうか。

 それは書店によって差が出るでしょうし、いたしかたない部分もあると思います。小売業とは、お客様の志向性を見極め、自分なりの仮説を立てて必要な商品を必要な量だけ仕入れ、責任をもって売るというのが本来の姿のはずです。その意識を持つ方は今もたくさんいらっしゃいますし、健全な市場性があるなら「書店をやってみたい」という方は多いのではないでしょうか。ただ、書店だけが変わろうとしても限界があり、版元さんや取次さんにも協力を仰がなければだめです。例えば、本をどう流通に乗せるかという点ではノウハウも必要ですし、従来の資産を効率的に生かすことも考えるべきでしょう。

――ところで、2010年は「国民読書年」です。出版界に望むこと、期待したいことはありますか。

 本を読むことの重要性を、出版、流通を含め全体としてもう一度認識するようなムーブメントになるといいですね。ネットの発達は検索という行為を一般的にしましたが、実はそれは情報の断片です。断片だけで納得するくせがつき、それでなんとなく過ごせる時代になってしまうことを心配しています。大きな構造の中で個々の情報を位置づけ、体系として理解するために有益なのが、読書です。知識を自分のものにするのに時間がかかっても、その分、応用や発展ができるようになり、新しい視座が自分の中に生まれます。

顧客接点である書店からの発信を

丸善 代表取締役社長 小城武彦氏 丸善 代表取締役社長 小城武彦氏

――来年誕生予定のCHIグループにおいて小城社長は社長に就任する予定ですが、どのようなことに取り組みますか。

 まず、私たちが共通して持っている認識は、「知は社会の礎だ」ということです。CHIは何の略でもなく、ずばり「知」なのです。具体的なアクションの計画はこれからですが、知の大切さを共有しながら、顧客接点を持つ側からもっと発信していくつもりです。

――統合効果のひとつに、大日本印刷(DNP)が開発するICタグを活用した図書館業務受託事業の強化が挙げられています。ICタグは万引き防止や書店の在庫管理、提携するブックオフなどでの不正売買の抑止にも効果がありそうです。

 部数にもよりますが、ICタグにはコストがかかるため、当初は小学館さんの『ホームメディカ新版 家庭医学大事典』のような高価な本を中心に導入されていました。しかし最近では、1,000円台の本にも付きはじめています。コストダウンの道筋は見えているので、これは時間の問題だと思っています。ICタグによる書籍管理が浸透すれば、万引きの防止にもなりますが、何より棚卸しが飛躍的に短時間で済むため業務の効率化が図れるようになります。

――書籍の電子化については、どのように考えていますか。

 電子化は雑誌のみならず書籍でも遠からず来ることですから、視野に入れておくべき課題です。ただし、紙媒体か電子メディアかという二者択一の考え方ではなく、プリント・オン・デマンドのような中間領域もあると思います。在庫をかかえられないというのは、出版社にとってかなりのプレッシャーですし、特に専門書などはロットが小さく、注文があることは明らかでも重版には躊躇(ちゅうちょ)してしまいがちです。そういった機会損失を逃さないために、プリント・オン・デマンドのような形を利用することはあり得ると思いますね。

自分の意見を語れる知を養う新聞

――読書推進活動において新聞社に期待すること、あるいは新聞社の役割とは何でしょうか。

 まずは、ネットでは分からないことを新聞でもっと書いてほしいですね。最近は新聞を読まないという人が多く、彼らになぜ読まないかをたずねると、「ネットで分かるから」といいます。ところが、それは素っ裸の断片的な情報にしか過ぎないわけです。

 私はもっと解説や社説を読みなさいとよく周囲に言うのですが、断片的な情報ではなく、自分の視点を持つための糧(かて)となる記事を充実させてほしいと思います。ある物事に対して、体系的な論理構成をふまえたうえで自分の意見を語るという思考訓練が、今の若い世代は非常に不足しています。そういった思考法を養うには、あまりにも簡単に断片的な答えを教えてくれるネットが適していないからです。だから新聞を読んでほしいわけですが、新聞もネットとの情報の質の違いをより鮮明にしてほしいと思います。

――新聞に掲載される出版広告について、普段から感じていることがあれば、聞かせてください。

 丸善は教育関係の書籍を多く取り扱っていますが、教員関係者の方々は圧倒的に朝日新聞の購読者です。広告も記事もそうですが、話題性ということでいえば、他紙よりも朝日新聞に載ると反響の大きさが違います。

 ただ、最近の書籍の広告を見ていると、一般消費財的な手法に寄り過ぎているなと思うときがあります。例えば、部数や著者の顔を大々的にアピールするような手法は、気持ちは分かるのですが、もう少し「知」を伝える書籍らしい、別の方法もあるのではと思います。それと書店側の視点でいえば、広告や書評をきっかけに書店にお越しいただくのとは逆の仕掛けもありうるかなと思います。例えば、店内のある棚をある企画のもとに構成して、「なぜこういった選書なのか、今日の朝日新聞を見れば分かります」というような企画があっても面白いですね。

小城武彦(おぎ・たけひこ)

丸善 代表取締役社長

1961年生まれ。通商産業省(現経済産業省)からツタヤオンライン代表取締役社長、産業再生機構マネージングディレクター、カネボウ代表執行役社長などを経て、2007年4月から現職。東京都書店商業組合理事。2010年2月に設立予定の「CHIグループ」の代表取締役社長兼最高経営責任者に就任予定。