ニーズを見極め、ワクワク感やうれしさを提供できる企業に

 「エスプリーク」「アスタブラン」「雪肌精」「ヴィセ」などの人気ブランドを有し、多くの女性に支持されているコーセー。企業経営のかじ取りやリーダーとしての心構えについて、代表取締役社長の小林一俊さんに聞いた。

 

──創業以来、継承している伝統とは。

小林一俊氏 小林一俊氏

 当社では「3大決裁」というのですが、商品の香り、パッケージデザイン、宣伝の最終判断は社長が行うのが、創業者の祖父の代からの伝統です。
  企業文化としては、「業界初」という製品を多く創り出してきました。今は当たり前のようにあるパウダーファンデーションや美容液のカテゴリーを初めて作ったのも当社です。

──入社5年で宣伝部長に就任、話題のCMを社内で制作するなど、ブランドイメージの発展に尽力してきました。

 入社した1986年はバブルの後半期で、当社が拡大路線をひた走っていたときです。私は大学時代にマーケティングのゼミで学びましたので、入社早々、会長の祖父や社長の父に、「ブランドイメージを高めないといけない」などと意見しました。当時は人口のボリュームゾーンである団塊ジュニアが10代後半にさしかかり、化粧を始めた多くの若い女性たちに支持される企業イメージの確立が現実的な課題でもありました。

 社内で議論を進める中で、社名を小林コーセーから改め、CIを刷新することが決まりました。準備期間は2年半に及び、この間、全社員へのグループインタビューや消費者調査などを徹底的に行いました。耳の痛い意見が多かったことを覚えています。

 そして創業45周年にあたる91年、新社名の「コーセー」とCIを発表しました。デザインは米国のグラフィック・デザイナー、ソール・バス氏が担当しました。この年、社内にコピーライターやデザイナーを擁する広告制作部も新設、私は宣伝部長を任されました。

 社内制作の第一弾は、毛穴が目立たないファンデーションのCMで、当時新人女優の水野美紀さんが、トレンディードラマの花形だった唐沢寿明さんに「ねえ、チューして」とせがむ大胆な内容でした。映像は、キスしていないバージョン、頰にキスするバージョン、口にキスするバージョンと、3パターン撮影しましたが、無難なバージョンにされてしまうことを予想し、社長決裁には、口にキスしているパターンだけを見せて押し切りました。CMは大反響で、この広告キャンペーンをきっかけに若いお客様が一気に増えました。会社にとっても自分にとっても大きな転換期だったと思います。

──化粧品市場の現況と、今後の可能性について聞かせてください。

 日本は、戦前からいわゆる重厚長大型産業が経済の中心でした。一方、化粧品の市場規模は約3兆6千億円と、数字だけ見れば大きくはないかもしれません。しかし数字以上の社会的使命を担っている業界だと自負しています。特に女性にとっては、日用品というより生活必需品と言えると思います。化粧品に対する切実なニーズは、阪神淡路や東北の震災時にも実感しました。

 人口は減っていますが、美しくあろうと努力している女性は増え続けています。また、海外市場でも日本の化粧品のニーズが高まっています。繊細な品質やパッケージなどが、アジアのみならず欧米でも評価されているのです。いろんな意味で可能性のある産業だと思っています。

──目下の課題は。

 グローバル展開を進め、海外でコーセーブランドの確立を目指します。現在の海外売上比率は12%程度ですが、今後20〜30%に高めていきたい。これまで注力してきた中国や東南アジアに加え、BRICsの残りの2カ国、ロシア、ブラジルでの展開も検討しています。また、欧米でのプレゼンスを高めるため、ドイツ、イタリアなどの主要都市に拠点を作り、シェアを広げていきたいと考えています。

小林一俊氏 小林一俊氏

──リーダーとして社内に発信していることは。

 会社が大きくなるほど守りに入ろうとする力がどうしても働くので、社内では常々「チャレンジャーであれ」と言っています。能の芸能論『風姿花伝』や『花鏡』をまとめた世阿弥は、「初心忘るべからず」と唱えました。この言葉には、「未熟なとき(初心)の体験を反省し教訓として記憶しなさい」という意味の他に、「熟達したら、そのことをいったん忘れて、自分が未熟である分野に再度チャレンジしなさい」という意味もあるそうです。この「初心忘るべからず」の精神を社員と共有しています。

──今後の取り組みについて。

 「良い商品を、良いお店で、きちんと売る」という活動理念を掲げ、ブランドの発展を目指していきます。良い商品とは、独自の世界観を持っていること。良いお店とは、人との関係性が組み込まれていること。きちんと売るとは、ロジカルに正しい姿勢が保たれていること。これらは強いブランドに必要とされる3要素と一致しているのです。カウンセリングによって丁寧に商品を売っているお店と、その先にいるお客様との絆の強化も図っています。

 ドラッグストアや通販など、化粧品の流通ルートは多様化していますが、「カウンセリングを受けたい」「使用感を試してから買いたい」というニーズは確実にあります。そのことを改めて実感したのは、昨年、表参道ヒルズで開催したイベント「Beautyフェスタ2013」です。コーセーとグループ会社のアルビオンの商品も含めて17ブランドを集め、販売活動は一切せず、カウンセリング、メーキャップサービス、試供品の配布などを行いました。

  反響は予想以上で、オープン前には表参道ヒルズの前に行列ができ、5日間で1万2千人を動員しました。お客様に当社商品の魅力を伝えると同時に、対応した社員にとっても、化粧品を通じてお客様に喜んでいただくすばらしさを再認識する機会になったようです。同イベントは今年も実施するつもりです。こうした取り組みを通して、確かな品質とともに、ワクワク感やうれしさを提供できる企業として存在感を示していきたいですね。

──愛読書は。

 好んで読むのはビジネス本です。常に枕元に置いているのは、松下幸之助さんの著書『道をひらく』です。平易な言葉ながら内容はとても深く、いつ読んでも心に響きます。

小林一俊(こばやし・かずとし)

コーセー 代表取締役社長

1962年東京生まれ。86年慶應義塾大学法学部卒。同年小林コーセー(現コーセー)入社。91年取締役マーケティング副本部長兼宣伝部長。常務、副社長を経て2007年6月から現職。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、小林一俊さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.58(2014年1月27日付朝刊 東京本社版)