「普通じゃない要素」を放り込んで、面白さや不思議さを引き出す

 広告制作を手がけるプランニングブティック、ワトソン・クリックでクリエイティブディレクターを務める中治信博さん。笑いの要素を絶妙に練り込んだ広告づくりの極意、また新聞広告を制作する上でのこだわりなどについて聞いた。

――新聞広告を制作する上で、中治さんが大事にしていることを教えてください。

中治信博氏 中治信博氏

 広告は企業の情報が掲載されるスペースですが、それだけではつまらない。新聞の中の1つのコンテンツとして楽しめるような広告が理想です。とはいえ、基本的には広告を見ようと新聞を広げる人はいないと思っています。新聞をめくるスピードも、測ったことはありませんが、おそらく1秒くらいですよね。テレビCMでたとえれば、1秒スポットのようなもの。その瞬間、ハッとさせたり、何だろうと思わせることで、めくる手が止まるわけです。たった1秒のコミュニケーションですが、手を止めてさえもらえれば15秒、30秒、1分と延長させることもできます。だから僕ら制作者は、いかにめくる手を止めてもらえるかが勝負。新聞広告づくりの8割くらい、その方法を考えることに費やしてもいいと思います。

――象印マホービンの南部鉄器で作った羽釜の炊飯ジャーの広告は浮世絵風のイラストレーションが印象的でした。めくる手を止めた人も多かったはずです。

 羽釜も南部鉄器も日本古来から伝わる先人の知恵。そんな昔ながらという時代性を表すために、テレビCMは時代劇という設定で展開しています。それをグラフィックで表したものが、この新聞広告です。藤井亮くん(電通関西支社 アートディレクター)が、浮世絵風とかどうですか? とアイデアを出してくれたことがきっかけ。実際、広告で使用している絵も藤井くんが描いたオリジナルです。

消費者の目線を失ったら伝わらない

――一見、デメリットと思われる、商品が重いことや価格が高いことなど、キャッチコピーをはじめ商品の説明文の部分でもはっきり書かれています。

 僕らもオリエンを受けたとき、「そんなに高いんですか?」「何も入っていないのに釜だけで、こんなに重いんですか」「なんで南部鉄器で作ったんですか?」と驚きました。実際には、そのときの感覚は広告を作る上で大変重要なんです。広告を見る人は予備知識が全くない人、すなわち僕らがオリエンを受けたときと同じ状況なんです。そこを出発点にしてアイデアを考えていく必要があります。

 南部鉄器の重さも価格も、美味しさに寄与しているからこそ堂々と書くことができました。事実をユーモラスに伝えることができているのは、タレントさんの力もかなり大きいですね。「ごめんなさいね、少し高いんです。」という池田定博くん(電通関西支社 CMプランナー)が担当したコピーも桃井かおりさんというキャラクターを介して発信することで、面白みにもなりますから。

――ニュートラルな視点を持つことは大事なことなのですね。

 僕らも商品について詳しく説明を聞くので、クライアント寄りになりがちです。生活者がこのくらいは知っているだろうと勝手に思い込んで作ってしまうことは、よくあることです。たとえば羽釜についても、僕らはもう十分な説明を聞いています。でも、一般的にはそれほどメジャーなものではありません。もちろん写真を見れば、わかる人は多いと思いますが、言葉だけではピンとこない。その感覚を忘れてしまうと、広告紙面の中に羽釜の絵や写真を省こうとしてしまうかもしれません。なにも予備知識のない人に説明して、キョトンとされるようではダメ。「電話で説明できるくらいのアイデアがいいアイデア」と昔から言われています。

2011年11月25日付 朝刊 象印マホービン 2011年11月25日付 朝刊
2011年12月8日付 朝刊 象印マホービン 2011年12月8日付 朝刊

――キンチョーの「虫コナーズ」の一連の広告など、中治さんが手がける広告はユニークなものが多いように思います。クライアントの理解を得ることは難しくないですか?

 企業としては絶対NGだと思っていた表現(キンチョールをルーチョンキと言い換えたテレビCM)が、思いがけず消費者に「面白い!」とヒットした事例があると聞きました。そういった過去の成功事例が次のチャレンジを生むのだと思います。
もちろん、クライアントとのコミュニケーションは大切にしています。広告する商品やサービスが、結果的にどうなってほしいのか。目指すゴールを共有することは、どの仕事でも必ずおこなっています。目指すゴールを共有することは、当然のようですが、意外とできていないケースもある。既存の商品の認知度を高めたい、ブランドイメージを向上させたいとか、クライアントが求める結果をできるだけ具体的に聞かせていただきます。それを踏まえて、どんなアウトプットの方法があるかを考えるのが僕らの仕事。ゴールさえ分かっていれば、そこへ向かって迷いながらも進んでいくことができます。正解が何かは数学の計算のようにハッキリした答えがあるものでもありませんけど。だから難しく、面白くもあるのだと思います。

――笑いの要素を練り込む広告が多いのはなぜでしょう。

中治信博氏 中治信博氏

 もともと関西の出身なので、笑いは大好きです。ふざけていないように見えて面白いというのが個人的には好きですね。人間的に魅力がある人だと、少し変なことをやっても面白い方に転んだりするんです。だから、タレントさんを選ぶときは、キャラクターが重要で、自分が好感の持てるまじめな人を選ぶことが多いですね。

 今回の広告も、浮世絵風のイラストレーションも特にデフォルメせず、基本に忠実に描いてあるんです。真面目な表情で釜や茶碗を持っていたり、名前が羽釜だったり、よく見ると少し変なことに気づく程度のこと。定型の中に一つ普通じゃない要素を放り込むと、ある種の“ズレ”が生じます。そのズレが面白さや不思議さの引き金になったりするんです。見る人が新聞記事を読むのと同じように楽しめる、そんな広告でありたいと思います。

――新聞広告の役割や立ち位置について、また、今後すべきことなどについて意見があれば聞かせてください。

 以前から新聞広告には、テレビCMでは伝えきれない情報を知らせる場としての役割が期待されてきたと思います。けれども、商品やブランドについて詳細を知りたければ、ウェブで調べるのが今では当たり前。そう考えると、新聞広告はテレビのように幅広いターゲットをさらうのではなく、見てもらいたい人をある程度セグメントして作ってもいいんじゃないかと思います。つまり、マスコミなんですけど、少し狭くて深いマスコミというか。めくる手を止めてくれた人と少しでも深いコミュニケーションができれば、ファンを増やすことも、商品やサービスに興味を持ってもらえる可能性も広がると考えます。

愛用しているのは、シャープペンシル ぺんてるTUFF 0.9

ぺんてるTUFF 0.9 ぺんてるTUFF 0.9

 打ち合わせでもひとりで仕事をしているときも、たいていこのシャーペンを使っています。特に気に入っているのが、軸をまわすと出てくる長い消しゴムです。通常のシャーペンにくっついている小さな消しゴムだと、すぐになくなってしまうけれど、これなら大丈夫。しかもリフィルが売っているんです。広告関係の人と打ち合わせしていると、同じシャーペンを使っている人に出くわすこともあります。意外と人気あるみたいです。

中治信博(なかじ・のぶひろ)

ワトソン・クリック クリエイティブディレクター

電通関西支社を経て、2009年に広告企画のための会社ワトソン・クリックを設立。おもな仕事はテレビCM・グラフィックを中心に、キンチョーの虫コナーズなど各商品、サントリーDAKARA「余分三兄弟」、はちみつレモン「クマたちの家」、ボス「ボス・ファーストクラス」、象印「岩下志麻シリーズ」「羽釜シリーズ」、タウンページ「良純さんが行く」、LGエレクトロニクス「TVorLGTV?」、ソフトバンクホークス応援「ダ」「秘密の練習」、ソフトバンクモバイル「ホワイト学割」「動物シリーズ」、KOBELCO「世界で噂されています」、TOTO「節水トイレ」、朝日放送3分間ドラマシリーズ「家族レッスン」など。TCC賞、ACC賞グランプリ、クリエイター・オブ・ザ・イヤーほか受賞。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、中治信博さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.30(2012年3月5日付夕刊 東京本社版)