言葉から考えて、絵づくりへと発展させる

 コピーライター出身のクリエーティブディレクター、後藤彰久さん。現在も、自らクリエーティブディレクターを務める広告のコピーを、コピーライターとして手がけることもあるという。

 筆記具メーカー、パイロットコーポレーション(以下、パイロット)のブランド広告もその一つ。デジタル化により書く手段は筆記具に限らなくなった今、筆記具メーカーの広告をどのような考えに基づいて制作しているのだろうか。具体的な制作過程と合わせて聞いた。

後藤彰久氏 後藤彰久氏

――パイロットのお仕事は、いつ頃から担当していますか?

 約5年前から手がけています。私がコピーライター出身のクリエーティブディレクターということもあり、上司からコピーも自分で書いたら?と。そんなわけで、この広告では、コピーも自分で書いています。

――クリエーティブディレクターには、後藤さんのようにコピーライター出身の方のほか、アートディレクターやCMプランナー出身の方もいます。考え方や制作方法など、違いはあるものなのでしょうか?

 どの分野の出身でも、クライアントが伝えたいことの本質を考えてコンセプトを見つけ出す作業は、同じじゃないかと思います。そこから先、表現にジャンプアップさせるとき、私の場合はまず、言葉から考えることが多いですね。そのとき考えた言葉を軸に、表現、絵づくりへと発展させていきます。コピーライター出身だからかもしれませんね。

文字を書くことの面白さは、アナログもデジタルも同じ

――8月に出稿されたパイロットの広告は、万年筆のインクのにじみが見て取れるほど、大きな手書き文字とミニチュアのような小さな人がメーンビジュアルで、とても印象的でした。

 パイロットには「書く、を支える。」というブランドメッセージがあります。ロゴの前に必ず置かれている、大切な言葉です。その思いを伝える企業広告を、年に1回、新聞に出稿しています。毎年、3回連続のシリーズ広告です。続けることはとても大切で、続けた分だけ、見ている人たちの中にブランドイメージが蓄積してくれると思っています。

 人の体温が感じられる万年筆の手書きの文字を使うことは、クライアントの意向の一つでもあります。パイロットは、万年筆という高級筆記具から始まったブランドですし、その技術力も高い。会長、社長をはじめパイロットの方々とお話をさせていただいても、万年筆に対する思いはとても強い企業だと感じています。制作するうえでは、特に文字のにじみ具合や筆跡など、一緒に手掛けているアートディレクターがこだわって丁寧に作っています。「この筆跡でこのインクで、この言葉の場合は……」とクライアントと一緒に相談しながら決めています。手書きの文字は「商品」そのものですし、活字ばかりの新聞の中で存在感があるのでは、と思います。

――結婚、夫婦、友達という設定で、それぞれの人に「書いて伝えてみませんか」というメッセージが込められたボディーコピーは、とても心にしみました。細かい設定などは、どのように決めていったのですか?

 人が文字を書くことは、身近な誰かに向けたとても「パーソナルなコミュニケーション」の一つだと思うんです。だから今回は、一般論ではなく、よりパーソナルなシーンを描き出そうと思いました。その方が、強く共感してもらえるのではないかな、と。いろいろな人間関係やシーンを考えましたが、「花嫁と両親」「けんかをしてしまった友達」「言わなくても分かってくれると思っている夫婦」という「手書きのコミュニケーション」が似合う主人公たちを設定しました。ボディーコピーを読んで、確かにこういうことあるよね、とか、自分の日常と重ね合わせて「書くことの魅力」「書いて伝えたい気持ち」をイメージしてもらえたら・・・と思って作りました。

――余白部分の多いビジュアルで、とても目立っていました。

 新聞は活字中心の紙面で構成されていますから、あえて余白を多くして目立たせるのは手法の一つです。一瞬でも「何だろう」と紙面をめくる手を止めてもらえれば、メッセージを読んでもらえる可能性は増えますから。新聞の読者は読むことには抵抗は少ないはずですし。パイロットの新聞広告は店舗用のポスターにもなっているんです。営業の方が文具店などに持っていかれていて、お店に張ってもらえることもあるそうです。私も実際に見かけたことがあります。

2010年8月20日付 朝刊 パイロット 2010年8月20日付 朝刊
2010年8月23日付 朝刊 パイロット 2010年8月23日付 朝刊
2010年8月28日付 朝刊 パイロット 2010年8月28日付 朝刊

――新聞広告と他メディアで、制作過程において違いはありますか?

 コアな部分は同じです。企業や商品の課題を見つめ、解決するためのコアアイデアを考える。それをどう表現するか、という流れも一緒。そして、内容やターゲット、コンタクトポイントに合わせてメディアを選んでいます。たとえば「書く、を支える。」というブランドメッセージを丁寧に伝えるには新聞というメディアは向いています。まとまった分量の「思い」を読んでもらえますから。パイロットでも商品広告はCM展開をしています。

――現代、書くための道具は筆記具に限らなくなってきています。それについては、どうとらえていますか?

 何年か前にパイロットの広告で「万年筆は、メールやブログに賛成です。」というコピーを制作したことがあります。パソコンのキーボードで入力するのも、ケータイの数字ボタンを押すのも、万年筆を使うことも、すべてひっくるめて書くことである、という認識です。書くためのツールが増えた、書くことが身近になったとポジティブにとらえています。書いている時には、デジタルとかアナログとか考えながら使っているわけではないですよね。「手書きじゃなきゃダメ」とか「万年筆の書き味に勝るものはない」とか言い切ってしまうのは、少し違う気がしています。

――ちなみに、後藤さんは手書きとパソコンを、どのように使い分けていますか?

 コピーを書く場合は、メーンコピーなどを書くときは手書きで、ボディーコピーや企画書など長めの文章を書くときはパソコンを使うことが多いでしょうか。みなさん、そんな感じじゃないでしょうか?それと、普段手帳に書くときは、パイロットの消えるボールペンを愛用しています(笑)。宣伝するつもりではないですが、ボールペンなのに消すことができるので、予定が変わって書きなおす時に便利なんですよ。

商品の魅力を伝える言葉が人の気持ちに届くのが、この仕事の醍醐(だいご)味

――そもそも、後藤さんが広告業界に入ったきっかけは?

 コピーライターが格好いい時代だったんですよ(笑)。書くことはもともと好きでした。漠然とですが、広告業界は扱う商品が多岐にわたるので、いろいろなことができそうだなって思ったような気がします。あと、おぼろげにですが、商品を使う人を想像して、そこで生まれる何かを言葉で伝えられたらいいなと思ったりもしていました。当時は、広告業界で働きたいというよりは、コピーライターになりたいという気持ちのほうが強かったです。

――実際、広告業界で約20年のキャリアをお持ちです。最後に、仕事の面白さや、やりがいについて教えてください。

 広告を作ることは、単純に楽しいです。そのうえで、自分たちが作ったものが、少しでも見ている人の気持ちに届き、少しでも企業のイメージが上がったり、商品が売れれば、と。小さなことで言えば、自分が書いたコピーを読んだ人が、クライアントにメールや手紙で感想を送ってくれたり、ブログにコピー全文をアップして感想がつづられていたりすることがあると、やっぱりうれしいですしね。

 なかなか難しいですが、「商品を通じてエールを送りたい」と思っているんです。エールの送り方はいろいろあって、笑って元気になることも、そうだよなと共感してもらうことも、あったかい思いを伝えることも、そう。たとえば、頭痛だけど仕事を休めない人に向けて「頭痛の時は、がんばらなくていいんだよ」と頭痛薬が伝えてあげることもエールの一つ。商品やブランドが中心にあって、その魅力を伝えるための言葉や表現が、消費者である人の気持ちに何らかの関与をすることができるのは、この仕事の魅力であり面白さでもあると思います。

愛用品は、字が消せるパイロットのボールペン

パイロット「フリクションペン」 パイロット
「フリクションペン」

 手帳に予定を書き込んだ後、リスケジュールになっても、このボールペンで書いていれば消すことができます。ペンのお尻についたゴムの部分でこすると、熱で消えるんです。消しカスも出ません。仕事仲間でも使っている人、多いです。なんか宣伝みたいですけど。

後藤彰久(ごとう・あきひさ)

電通 クリエーティブディレクター

1965年生まれ。1989年京都大学卒。同年、電通入社。コピーライターを経て、現在クリエーティブディレクター。広告電通賞、朝日広告賞、毎日広告デザイン賞、ACC賞、新聞広告賞はじめ、受賞多数。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、後藤彰久さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.15(2010年10月29日付夕刊 東京本社版)