消費者の変化を自覚し、いちばん伝わる方法を追求

 「スラムダンク」など様々なキャンペーンを手掛け、現在はコミュニケーション・デザインを主領域とする電通のクリエーティブ・ディレクター、佐藤尚之さん。消費が急激に変容する中でコミュニケーションのあり方や、クリエーティブの役割などについてお話をうかがった。

── ネットの出現、情報洪水、成熟した市場。この三連発が消費者を根本的に変えたと著書『明日の広告』で書かれています。

 15年ぐらい前にCMプランナーをやっていた頃、キャンペーン全体が見えないままで、部品としてCMを作らなくてはいけないことにジレンマを抱えていたんです。そうしたら、10年前ぐらいに消費者が一気に変わった。ネットの出現で消費者が発信を始め、メディアの種類も異様に増えて、かつ市場が成熟して商品の差別化が難しくなった。となると、もっと消費者を見つめて、キャンペーン全体を消費者の側に立ってデザインし直さなければいけない。そして、最終的に「消費者にきちんと届けば、方法は何だっていいんだ」と思うようになったんです。

──「メディア・ニュートラル」な考え方で、消費者とのコミュニケーションをデザインされています。

 メディア・ニュートラルは、最初から何かのメディアを使うと決めつけずに、消費者にいちばん伝わるメディアやコンタクトポイントは何なのかを考えて、消費者とコミュニケーションをとる手法です。手法が新しいから面白いということではなく、変化した消費者の側から考えれば、今はメディア・ニュートラルにしないと伝わらないということ。家族がお茶の間に集まる時代ではないから、その人が動きそうなところに仕掛けをつくっておく。

── 仕掛けも消費者によって変わりますね。

 予想外の場所で広告に出合うと人は驚いて覚えてくれますから、そういう意味でも最適化されたメディア・クリエーションは大切だと思います。たとえば、ドッグフードの広告。犬を飼っている人なら、ほとんどの人が散歩に行き、かつ電柱で立ち止まる。それなら、電柱に広告を打てば効きますよね。

 また、アメリカにトラック運転手向けの専門誌があるんですが、その雑誌の広告をどこに載せたと思います? トラックが信号でとまると、運転手は何げなく下のクルマを見おろしますよね。そこで、クルマの屋根に広告を張ったんです。おそらくクルマの屋根を扱う代理店はないでしょう(笑)。企画した人が苦労して広告を張れるクルマを探したんだと思います。そこにターゲットがいるから、そこに絞って広告を打つ。とても面白くて好きな例です。

── メディアが多様化する中、ウェブがオールドメディアを凌駕(りょうが)する、という論調があります。

 評論家の方などは、危険信号を発するという役割もあるので、そういったことを言いますよね。僕自身もネットは黎明(れいめい)期から個人でサイトをやっていますし、グーテンベルク以来の大革命だと思っています。

 ただ、ずっと現場で仕事をしていて思うのは、ネットがテレビや新聞を凌駕するのはあり得ないし、マスの強さはやはり相変わらずだということ。ネットの部署にいるのにネットを使わないプレゼンをするのもしょっちゅうです。また、「スラムダンク」のキャンペーンでも、ネットや口コミを中心にせず、新聞6紙の全面広告を使いました。要は、いちばん伝わるものを使う、というだけです。

 消費者は急激に変化していますから、それを送り手側がきちんと自覚して伝え方を構築し直せば、それぞれのメディアの価値が最大化されて、より面白くなっていくはず。各メディアが、得意なところを役割分担してやっていく感じですね。

スラムダンク一億冊感謝スペシャルサイト
© I.T.PLANNING,INC.
2004年8月10日朝刊
「スラムダンク一億冊感謝新聞広告」

商品価値を変容させるクリエーティブの力

──メディア・ニュートラルな状況におけるクリエーティブの役割は。

 グーグル・アドワーズが出てきて、最適化された情報をスマートに届ければOK、みたいな雰囲気があります。確かにクレバーだと思いますが、それだけではコミュニケーションじゃないだろう、という思いはずっと前からあります。世の中には“2番手のいいもの”がたくさんあって、クリエーティブの力で価値を変容させることで、1番手に上がることができる。たとえば、「ビールがうつ病に効く=ビールで健康になる」という情報があったら、人の“ビール観”って変わりますよね。価値観を変えて、新たな商品の魅力にしていく。これはグーグル・アドワーズではできないことです。

──メディアとしての新聞の“得意なところ”は何だと思われますか。

 ネットのニュースサイトでは、自分に興味にあるところしかクリックしません。でも新聞は一覧性があるから、興味がなくても、コソボで戦争が起きているといったようなことがわかる。いわば“情報メタボ”なネットに対して、新聞はバランス栄養食。だから、もっときちんと摂取した方がいい。新聞はいま少し自信をなくしているように見えますが、ネットと闘うことをやめて、もっとバランス栄養食として価値を変容させれば、広告主にもより魅力的にみえてくる気がします。

 また、実は新聞は口コミメディアなんです。いま、家族が一緒に同じテレビ番組を見ることは少ないですが、新聞は同じものを家族が時間差で読む。テレビだと「ねえ、ちょっとこれ見て」と言われても間に合わないけれど、新聞なら自分も手に取って読める。新聞にはまだ気付いていない価値があると思いますね。

佐藤尚之(さとう・なおゆき)

電通 クリエーティブ・ディレクター

1961年東京生まれ。電通コミュニケーション・デザインセンター勤務。CMプランナー、ウェブ・プランナーなどを経て現在はコミュニケーション・デザインを主たる領域とするクリエーティブ・ディレクター。JIAAグランプリなど受賞多数。 1995年より個人サイト「WWW.さとなお.COM 」(http://www.satonao.com/)を運営し、2,400万アクセス(2008年7月現在)。