常に新しい表現を追い求め、広げてきた活躍の場

 トヨタ「TOYOTA 86」と「G's」の広告キャンペーンが、2年連続で東京ADC賞を受賞。そのアートディレクションを手掛けているのが、池澤 樹氏だ。ロッテ「乳酸菌ショコラ」やクラシエ「ナイーブ」は、パッケージデザインから広告までトータルでアートディレクションを担当している。豊かな感性を生かし、常に新しい表現にチャレンジ。活躍の場を広げている。

JAGDA新人賞がステップアップのきっかけに

──広告業界を目指したきっかけは。

池澤 樹氏

 絵を描くことが好きでした。幼稚園生の頃から、東京モーターショーが開催されるたびに連れて行ってもらっていて、家に帰ると車のカタログを見ながらスーパーカーの絵を描いていたのを覚えています。小学生の頃からイラストレーターや車のデザイナーという職業を意識するようになり、大学は美術大学に行くと決めていました。

 広告業界を目指したのは、武蔵野美術大学に入学してからです。新設されて間もなかったデザイン情報学科で、グラフィックデザインだけではなく、ウェブやプロダクトのユーザーインターフェースや、映像制作でプロジェクションマッピングなど、いち早く学んでいました。ジャンルを横断して広く浅く勉強したことを、広告業界でなら生かせると思いました。大学卒業後は、東急エージェンシーに就職し、2015年に博報堂に移りました。

──転機となった出来事は。

クラシエ「ナイーブ」

 2012年にJAGDA新人賞を受賞したことは、仕事がステップアップしていくきっかけになりました。JAGDA新人賞は、広告業界で活躍されているクリエーターの多くが受賞しています。一流クリエーターへの登竜門だと思っていたので、まずはJAGDA新人賞の受賞を目指すことにしました。5回目のチャレンジで、ようやく受賞。それをきっかけに大きなキャンペーンの仕事を任され、2013年にADC賞も受賞することができました。

──デザインするときから賞は意識しているのですか?

 当たり前のことですが、目指しているのは、クライアントの課題解決や商品が売れること。それが大前提です。さまざまな制約がある中で「今までにない新しい表現」にチャレンジしています。どこかで見たことがある表現では、世の中の人は何も驚かず、広告に求められている結果を出すことができないからです。そもそも、広告の役割は「新しいポジショニング」を作ることでもある。それがうまくいくと、新しいものができます。そうやって新しい表現にチャレンジした結果、賞につながるのではないかと思っています。

 特に大手企業のキャンペーンは、制約も多い。しかし、チャレンジした分だけ、世の中に出たときのインパクトは大きいので目立ちます。20代の頃は今のような大きなキャンペーンの仕事は手掛けたことがなく、貪欲(どんよく)に挑戦しないと目立つことができなかった。だから、今までにない新しい表現を探るのは、新人の頃からの癖(くせ)みたいなものです。

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トヨタ「TOYOTA 86」

──2016年と2017年、2年連続でトヨタ自動車の仕事でADC賞を受賞しました。

 子供の頃から車のデザインが好きだったので、トヨタ自動車の広告の仕事を頼まれたことは素直にうれしかった。2017年、ADC賞を受賞した「TOYOTA 86」は、2016年に大きなマイナーチェンジを行い、その新登場のキャンペーンとしてポスターやテレビCMを制作しました。広告の狙いは、新しいデザインと走りのよさ、そして若い世代にもTOYOTA 86のよさを伝えること。圧倒的に個性があり、かっこいい車なので、それをリアルに表現するためには、スケール感のあるロケーションが必要だと思いました。そのときイメージしたのが、青い空の下で何車線もある海外のハイウェーを赤いTOYOTA 86が走っている様子でした。青い空や海、白いアスファルト、そして真っ赤なTOYOTA 86。それらをグラフィカルに構成することで、TOYOTA 86のデザイン性の高さと爽快感を表現できると考えました。

──ロッテ「乳酸菌ショコラ」のアートディレクションも担当されています。

ロッテ「乳酸菌ショコラ」

 この仕事は、商品ロゴやパッケージデザインから、ポスター、テレビCMまでトータルで手掛けています。その名のとおり、乳酸菌入りのチョコレートなので、嗜好(しこう)品としてのおいしさを伝えつつ、機能性も表現する必要があります。そこで、海外のお菓子のようなオーガニックなイメージでパッケージをデザインしました。パッケージデザインで商品の「人格」ができていたので、それに付随してコミュニケーションも考えることができました。

 ポスターやテレビCMには必ず商品ロゴやパッケージが入ります。この仕事のようにパッケージからトータルで関わることができるとデザインがぶれず、世界観も統一できる。ブランディングがうまくいった好例です。

どんな仕事も好きになれるポイントを見つけ出し、楽しんで取り組む

──デザインする上で大切にしていることは。

 楽しんで仕事をすることと、自分が欲しいと思えるものを作ること。広告のポスターは家に飾るものではありませんが、家に飾ってもいいと思えるものを目指しています。テレビCMは、映画のように「お金を払って見たい」と思ってもらえるかどうか。それを指針にしています。すごく難しいことだけど、高いレベルを目指さないと作品のクオリティーは上がらないと思っています。

 自分が欲しいと思えるものを作っていないと、プレゼンから完成までのプロセスを楽しめない。そんな作り手の感情は、見る人に伝わると思います。どんな仕事でも、何かしら自分が好きになれるポイントはあるはずです。それを探し出す努力が必要だと思っています。

──壁にぶつかったり、落ち込んだりしたときは、どうやって抜け出していますか。

 基本的にポジティブなので、壁を壁と感じないようにしています。壁と感じた瞬間に、それによって作る物に影響が出るような気がしています。

 旅行が好きで、8年ほど前から、毎年必ずニューヨークに現代アートを見に行っています。世界の最先端のアートは、本当に表現の幅が広い。素材の選び方も自由で、行くたびに刺激を受けています。そうすると、早く帰って仕事がしたいと思えるし、もっと頑張ろうとモチベーションも上がります。

──新聞広告に対するご意見を聞かせてください。

 新聞広告は、大量に刷られるマスメディアなのに、アナログなクラフト感が魅力だと思います。新聞紙の質感が好きな人は多いですよね。アートの魅力も、それと似ている。クラフト感には、人間のどこかを刺激する要素があるのだと思います。デジタル化が進み、広告からクラフト感がなくなりつつあります。だからこそ、クラフト感のある新聞広告はとても貴重なメディアだと考えています。

 生まれて初めていただいた広告賞は、一般部門で応募した朝日広告賞の小型広告賞でした。最初にADC賞を受賞した広告のキャンペーンでも、30段の新聞広告を作りました。

──広告業界で働く若手クリエーターに向けて、メッセージをお願いします。

 広告業界で働き始めた頃は、グラフィックデザインもプロダクトデザインも映像制作も、どれも平均的に好きで、なんとなくできる状態でした。それが、仕事をしていく中でスキルが上がり、自分が好きな表現にフォーカスがあっていきました。そのポイントが見つかるとプロとして活躍できるのだと思います。私は作ることが一番好き。そして、見る人の心を揺さぶる現代アートも大好きです。趣味や好きなことは、自然と仕事にもにじみでると思っています。

サントリー響「JAPANESE HARMONY」

サントリー響「JAPANESE HARMONY」

サントリー響(展示)

サントリー響(展示)

サントリー烏龍茶

池澤 樹(いけざわ・たつき)

博報堂 第一クリエイティブ局 アートディレクター

1981年神奈川県生まれ。2004年武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業。東急エージェンシーを経て、博報堂に。CI・商品パッケージなどの開発からグラフィック広告・CMまでを一貫した世界観で幅広く手がける。
主な仕事に、サントリー烏龍茶・黒烏龍茶、響「JAPANESE HARMONY」、白州「森の彫刻」、トヨタ「TOYOTA 86」・「G's」、ロッテ「SWEETS DAYS 乳酸菌ショコラ」、クラシエ「ナイーブ」、東急電鉄キャラクターデザイン「のるるん」、アッシュ・ペー・フランス「rooms」など。主な受賞に、ADC賞、JAGDA新人賞、カンヌ国際クリエイティティフェスティバル 金賞、ONE SHOW 金賞、ADFEST グランプリ、NY ADC銀賞、ベストデビュタント賞ほか。NHKハート展に参加。