フィリップ・コトラー教授らによる『マーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則』が打ち出されてから7年。8月21日に『マーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』の日本語版が発売された。前作に引き続き監訳を担当した早稲田大学の恩藏直人教授によると、本書はデジタル時代のマーケティング・コミュニケーションを扱った一冊だという。キーワードは「接続性」「カスタマージャーニーの変革」「推奨の獲得」そして「伝統的マーケティングとデジタルマーケティングの統合」。デジタルが当たり前になった今、BtoC、BtoB問わずすべてのマーケターに必須となる概念と実践のヒントを提示する『マーケティング4.0』について、恩藏教授が解説した。
デジタル時代のフレームワークはAISASから「5A」へ
──コトラー教授らの『マーケティング3.0』では、製品中心の1.0、顧客中心の2.0を受けて、「人間中心」という概念が提示されました。そこから『マーケティング4.0』に至るまでの背景を教えてください。
『マーケティング3.0』は、1.0、2.0を経たマーケティングの変化をクリアに解き明かしました。「お客さん」だけを見るのではなく、社会や人間全体にとって好影響のある企業かどうかが問われるようになった。CSR、あるいはCSVが重要視される流れの中で、社会的価値をビジネスでどう捉えるかをよく整理した点で、有益な1冊でした。
ところが、同書の中ではデジタル化に言及しながらも、具体的な顧客の変化やデジタルマーケティングについてはあまり踏み込んで論じられていませんでした。そのため、企業はどう対応すべきかが分からず、私の周囲でも実践部分が物足りなかったという声が聞かれました。
実際は、『マーケティング3.0』が打ち出されてから、デジタルは加速度的に世の中に普及し、私たちの生活を変えています。生活者はスマートフォンによって常時ネットに接続して、オンラインとオフラインを自由に行き来するようになりました。その実態を浮き彫りにし、企業がとるべきマーケティングコミュニケーション施策を盛り込んだのが、『マーケティング4.0』です。
──3.0の「人間中心」に対して、4.0をどう定義しますか?
私はシンプルに「デジタル時代のマーケティング」と言い表します。1.0からの経緯でいうと、製品から顧客、人間、次のステップとしてデジタル中心に変わったと考えられがちですが、そういうわけではありません。そもそもこの変遷は前段をそれぞれ否定するものではなく、今でも、誰も思いつかなかった優れた機能で市場を席巻する製品主導の「マーケティング1.0」も登場しています。2.0、3.0も積み重なっている。それらすべてがじわじわとデジタル化してきた、という捉え方が適切だと思います。
──社会や生活者行動のデジタル化によって、具体的に何が変化していますか?
生活者がオンライン・オフラインを自由に行き来することによって、最も大きく変化したのはカスタマージャーニーでしょう。
カスタマージャーニーは極めて複雑化していますが、顧客とブランドとの最初の接点としてオンラインが非常に重要になっています。『マーケティング3.0』が登場した翌年の2011年には、Googleが早くも「ZMOT(Zero Moment Of Truth)」を発表し、何かを買おうという意識が顕在化する前の心理を捉えることが必要だと提唱しました。同時に、購入後の推奨意向、推奨の獲得も、決して見過ごせない要素になっています。
カスタマージャーニーを表すフレームワークとして、日本では古くはAIDA、ネットが登場してからはAISASが支持されてきました。一方で海外ではAIDA(Attention、Interest、Desire、Action)をベースに、いくつかの修正版が出されています。『マーケティング4.0』では、新たにデジタル時代のフレームワークとして「5A」(Aware、Appeal、Ask、Act、Advocate)を提唱しています。Appealは認知したいくつかのブランドの中から少数のブランドに引きつけられる「訴求」段階、Askはそれについて積極的に調べる「調査」段階と訳しています。
「推奨」を測る新たな指標 BAR: Brand Advocacy Ratio
──推奨(Advocate)が最後の大事なステップとして組み込まれていますね。
それはデジタル時代に欠かせない要素です。
■理想的な蝶ネクタイ型
本書では5Aのモデルを類型化し、次のステップへのコンバージョン率を視覚化する形で図解していますが、これは非常に分かりやすいです。例えば、次の段階へのコンバージョン率が一律だと、AwareからAdvocateに向かって単純に先細る「漏斗(じょうご)型」になります。それぞれの型には適合されやすい産業がありますが、競合が多い、耐久財やサービス消費財などは漏斗型になりますね。一方、購買までのコンバージョンはなかなか厳しいけれど、購入して満足したら周囲に強く勧めたくなるような商材だと、ActからAdvocateへのコンバージョン率が急に高くなる「トランペット型」になります。理想は、後半でコンバージョン率が高くなってくる「蝶ネクタイ型」です。
これらに自社の商品を重ねていくと、足りない部分が見えてきます。本当はこのステップをもっと引き上げられるはずなのに、できていない。その足りない部分を引き上げることが、現状のマーケティング課題だと導けます。
■主な産業類型
出典:『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』
フィリップ・コトラー、ヘルマワン・カルタジャヤ、イワン・セティアワン著 恩藏直人監訳 藤井清美訳(朝日新聞出版)
──本書では5Aに沿ってさらに、マーケティング活動の生産性を測る「PAR」(Purchase Action Ratio/購買行動率)と「BAR」(Brand Advocacy Ratio/ブランド推奨率)という指標が新たに提示されています。特に、ブランド推奨に注目した指標が「重要な2指標」のひとつに挙げられているのはインパクトがありました。
フィリップ・コトラーらの『マーケティング3.0』と『マーケティング4.0』
推奨が、それだけ今の時代になくてはならない要素だということです。これまでのマーケティングの延長で、推奨が大事だとは分かっていたけれど、これほどまでとは思わなかったのではないでしょうか。その重要性は、飛躍的に上がっています。
また、マーケターを含め多くのビジネスパーソンにはいまだに「買ってもらえれば目標達成」という考えがある、それは改めるべき段階にきています。もちろん購買後の顧客満足やリピート率、クチコミなどは見ているでしょうが、推奨までは明確に意識していなかったのではないでしょうか。今は、推奨まで含めて一連のカスタマージャーニーとして捉えることが大事なのです。
AISASの最後の「シェア」も推奨の一環ですが、勧めるというより拡散的な意味なので、少し違います。推奨は明確に成果指標とするものだという提言は、我々にとって気付きを与えてくれます。それを前提にした、オムニチャネルやエンゲージメント、コンテンツマーケティングといった考え方が詳説されているのも、実践において役に立つと思います。
──皆がネットに接続し、ネットを介して相互につながっているデジタル時代に、企業はどういったことを念頭に置くべきですか?
伝統的マーケティングとデジタルマーケティングを統合するという考えは、大きなポイントになると思います。今日注目されているオムニチャネルのイメージです。デジタル時代といってもすべてがデジタルに置き換わるのではなく、今後も伝統的なマーケティングが機能する部分は残ります。そして、世の中がデジタル化する分だけ、イベントなどオフラインの交流が大きな差別化要因にもなるでしょう。
ただ、言葉としては「伝統的マーケティング」も「デジタルマーケティング」も消え去るかもしれません。グローバルマーケティングという言葉を、もはやグローバルでないマーケティングのほうが珍しくなってきたので、あまり聞かなくなっているのと同じです。デジタルの発想が伝統的なマーケティングを含めてすべてのマーケティングに溶け込み、それがスタンダードになれば、両者を言い分ける必要も意味もなくなります。
マーケティングの本質は、まだ世の中にない新たな価値を創造し、伝達していくことです。
日本では海外に比べて、いまだCMO(最高マーケティング責任者)を置いている企業も少なく、一部の実務家からは「マーケティング後進国」ともいわれます。一方で最近、少しうれしいのは、経済産業省や観光庁といった公的な機関がマーケティングを重視し、専門部署を置いたり勉強会を開催したりしていることです。私もそうした方々と会うことが増え、マーケティングの存在が表に出てきている流れを感じています。ぜひ企業にも、組織としてマーケティングを意識していただきたい。それがひいては、日本経済の強さに結びつくと思います。
(聞き手 高島知子)
早稲田大学商学学術院教授。博士(商学)
1982年早稲田大学商学部卒業後、同大学大学院商学研究科を経て、1996年より教授。商学学術院長、商学部長、入学センター長など歴任。2013年から理事、広報室長。専門はマーケティング戦略。主な著書『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』(共著、丸善出版)、『マーケティングに強くなる』(ちくま新書)、監修には『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』(丸善出版)など。
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