朝日広告賞へ応募し続けて鍛えた、価値をチェンジする発想力

 既存の商品やサービスの価値を、誰もがイメージするものとは「違う切り口」に変換し、広告として世の中に提示する。博報堂の丸田昌哉氏は、価値をチェンジする発想力に秀でたクリエーターだ。広告会社で働き始めた20代後半から朝日広告賞に応募し続け、グランプリを受賞。堅実にステップアップしてきた努力の人でもある。鍛えた発想力で「育児する男性」を「イクメン」と称した、ムーブメントの火付け役としても知られている。

広告業界は平等 結果を出せば評価される

丸田昌哉氏

──広告業界を目指したきっかけは。

 「丸ちゃん、広告制作が向いているね」。あるゲームメーカーの宣伝部でデザイナーとして広告制作に携わっていたとき、同僚にそう言われました。実は、学生の頃から、自分の将来や人生について真剣に考えたことがなかったんです。そんな僕が広告の仕事で生きていこうと決意できたのは、同僚の一言があったから。その後、広告会社に転職しました。

 最初に働いた広告会社では、なかなか思い通りの仕事ができず、苦しかった。何も実績がなかったので当然なのですが、誰からも認めてもらえず、悶々(もんもん)とした日々を過ごしていました。その当時、『広告批評』が主宰していた広告学校に通っていて、「広告業界は平等。いい広告をつくって結果を出せば、評価される」と知りました。第一線で活躍している講師陣の、これまでの苦労話にも励まされました。「自分もがんばったらステップアップできる、きっとチャンスはめぐってくる」と、ものすごく勇気が出たのを覚えています。それから、どうやったらいい広告がつくれるか、本気で考えるようになりました。

──ターニングポイントは。

1999年度 朝日広告賞入選「朝日放送テレビによる課題作品」205KB

 朝日広告賞の一般公募の部で入賞したことです。結果は朝日新聞社から封書で届くのですが、その封筒は今でも大事にとってあります。入選の知らせを受け取ったとき、生まれて初めて認められたと実感できた。本当にうれしかったです。

 受賞作は、朝日放送テレビの「甲子園」をテーマにした広告でした。高校野球だからといって「熱血」や「感動」といった文脈ではなく、見る側のインサイトを突くためにはどうしたらいいか、コピーライターと一緒に考えました。広告のビジュアルは、負けた高校にはバツ印がついているトーナメント表。コピーは「出身校がだめなら出身県、出身県がだめなら隣の県、隣の県がだめなら出身地方」といった内容で、応援する人の心理を表現したものでした。

 その後も応募を続け、数年後に毎日広告デザイン賞でグランプリを受賞。その翌年、2004年度朝日広告賞一般公募の部でもグランプリを受賞しました。僕は広告会社を転々と渡り歩いたのですが、広告賞で評価され、着実にステップアップできたと実感しています。朝日広告賞のグランプリを受賞した後に、博報堂に移りました。

2004年度 朝日広告賞グランプリ「ガストによる課題作品」

──2018年の新聞広告賞(日本新聞協会)の広告主部門では、サントリーホールディングス「休肝日のFANTASTIC!な断り技」の新聞広告が受賞しました。

 この広告は、FIFAワールドカップの開催時期に合わせて、朝日新聞に掲載されました。休肝日に飲みに誘われたときの断り方を、サッカー用語と楽しいイラストで表現したもので、大相撲とフィギュアスケートに続く、3作目となります。飲酒を控える「休肝日」の啓発が目的で、サントリーのCSR活動の一環です。ユーモラスな内容は評判がよく、クライアントも「あの広告が欲しい」とよく言われるそうです。

サントリーホールディングス 「休肝日のFANTASTIC!な断り技」1.6MB

デジタルは表現手法 人の心を動かしているのはアイデア

──広告制作で大切にしていることは。

 広告は「アート&コピー」が大事だと思います。アートディレクターはビジュアルのアプローチで、コピーライターは言語のアプローチでアイデアを考えます。それを話し合いながら掛け合わせていくと、強いアイデアになっていくのです。

 たとえば、前述した2004年度朝日広告賞グランプリ作品のすかいらーくグループ「ガスト」の広告では、「おいしい」「安い」「楽しい」といった違った価値を見つけることを出発点に考えました。誰もがイメージするガストとは「違う切り口」を探すことにしたんです。

 コピーライターの濱田雄史さんといっしょにつくったのですが、「僕らにとってファミリーレストランは、企画をする場でもある」という言葉のアイデアをビジュアルで発展させ、それをまた言葉で説明し、さらにシンボリックに表現するには・・・といったキャッチボールをしながら、完成させていきました。アイデアを形にしていくプロセスは、本当に面白い。この仕事のだいご味でもあると思います。

──アイデアが思いつかないこともあると思います。どう乗り越えるのでしょう。

 どんなに考えてもアイデアが出なくても、やっぱり考え抜くしかないと思っています。そうすると、ふと何かを目にしたとき「これだ!」と思えるアイデアが思いつくことがあるんです。苦労が多い分、完成したときの喜びは大きく、疲れも吹っ飛んでいく。だから、続けられるのだと思います。

──丸田さんが「イクメン」の名付け親だと知りました。

 イクメンという言葉は、ある企業に自主プレゼンした新聞広告のスローガンとして考えたものです。少子化をテーマにした新聞広告を企画し、それをお世話になっているクリエーティブディレクターに見てもらったら、「スローガンがあったほうがいいのでは」とアドバイスされました。

 それで、電車に乗りながら、育児をする母親を救えるのは父親で、育児をする男性はいい男・・・などとボンヤリ考えていました。そのとき、ある雑誌で育児をする男性を特集していたことを思い出し、いい男は「イケメン」と呼ばれるのだから、育児をするいい男のことは略して「イクメン」と呼ぼう、とひらめいた。一緒に企画をしていたコピーライターのこやま淳子さんに伝えたら、「ダジャレだけど、アリだと思う!」と言ってくれたので、イクメンをスローガンにした新聞広告を完成させました。

 自主プレゼンは、残念ながら通りませんでした。しかし、社内の絵本サイトにイクメンという考えを広めるためのコーナーを設けることができたのです。さらに、ベビー用品店の冊子に、そのサイトの広告を掲載できることになり、「育児する男をイクメンと呼ぼう」と、大きく打ち出しました。すると、次第に新聞やテレビ、雑誌などから取材されるようになり、自然に広がっていきました。

──新聞広告の自主プレゼンは今でも続けているのですか。

 マスメディア広告をつかった大型のキャンペーンなどを手がけつつ、自主プレゼンはライフワークのように続けています。自分はアイデアを武器にしたアートディレクターなので、発想力や感性を磨き続けるためにも、面白いと思う新聞広告を企画し、自主プレゼンするようにしています。

 そもそも、新聞広告が好きなんです。僕を育ててくれたのは、朝日広告賞をはじめ、新聞の広告賞だと思っています。応募し続けたことで、日頃、誰もが当たり前だと思っているサービスや商品の価値を、今までにないアプローチで表現する訓練ができました。既存の価値をどうチェンジさせるかが広告づくりの面白さでもあるし、クリエーターの腕の見せどころだと思います。

 アイデアを簡潔にまとめ、ビジュアルとコピーだけで表現する新聞広告は、広告の原型です。それをつくる能力は、広告制作をするクリエーターにとって必須だと考えています。しかし、最近は新聞広告をつくったことがない若手も少なくないので、社内の研修の一環として「新聞塾」と題した勉強会を開催しています。

サントリーホールディングス「休肝日の断り技四十八手」1.4MB
講談社「読みぞめ」208KB

──最後に若手クリエーターにメッセージを。

 僕が広告会社で働き始めた頃と比べても、広告の表現は劇的に変わってきています。メディアがデジタルにシフトしてきているので、表現が変わることは当然です。ただ、「変わってきたこと」と「変わらないこと」を両方とも意識すべきだと思っています。僕自身、デジタルの新しさに目を奪われ、表現の手法として積極的に取り入れようとした時期があります。だけど、よくよく考えると、デジタルでの表現はあくまでも手法で、重要なのは「人の心を動かすアイデア」。古代ギリシャの時代から今も「最近の若者はダメだ」と言われ続けているように、人間の本質は変わらない。広告をつくる人は、そんな変わらない人間の本質を見つめるべきです。心を動かすアイデアをどう定着させるか。デジタルを駆使した表現は、あくまでその表現手法の一つなのだと思います。

丸田昌哉(まるた・まさや)

博報堂 第一クリエイティブ局 クリエイティブディレクター

メーカー、広告会社を経て博報堂入社。自動車、電器、トイレタリー、食品、飲料などのCDのみならず商品開発も担当。朝日広告賞グランプリ、毎日広告デザイン賞最高賞、読売広告賞出版部門賞ほか受賞。アドフェスト審査員、ロンドン国際広告賞審査員を務める。