本質に迫るコピーで旭化成の存在意義を世の中に提示したり、九州新幹線が全線開通したお祝いムードを端的なコピーで盛り上げたり、長年にわたって広告業界の第一線で活躍し続けている、電通のクリエーティブ・ディレクターでコピーライターの磯島拓矢氏。今の時代に求められているコピーのあり方や新聞メディアの役割とは何か、語ってもらった。
広告すべきことは何か 本質を探りコピーに集約
──広告業界を目指したきっかけは。
中学生の頃、世の中はコピーライターブームで、糸井重里さんがその中心でした。広告業界のコピーライターという職業がとてもカッコよく見えて、糸井さんのような大人になりたいと憧れた。その思いが大学生になっても消えず、広告業界を目指して電通に入社しました。
──印象に残っている仕事は。
3、4年目の頃、先輩が担当していたメルセデスベンツCクラスの広告制作を手伝ったことがあります。Cクラスは当時、メルセデスベンツの中では最も安価なシリーズで、トヨタのクラウンと同価格帯でした。私が最初に考えたコピーの切り口は、「値段が安い」とか「エンジンの性能や安全性にすぐれている」といったもので、納得できるコピーが書けませんでした。そんな中、アートディレクターが「今回、一番新しいのはターゲットだよね」と言ったんです。そのクリエーティブディレションによって、伝えるべき本質は「あの、メルセデスベンツがサラリーマンに向けてクルマを売る」ことで、その新しさを書くべきだと分かりました。
完成したコピーは「今度のメルセデスは、人ごとではありません」。それまでは、自分が書いたコピーの良しあしが分かっていませんでした。しかし、このコピーを書いたときは、「書けた」と自覚できた。この感覚を持つことはプロとしてとても大事なことです。そのために必要なことは、伝えるべき本質を見つけ出すことなのだと思います。東京コピーライターズクラブの新人賞も受賞し、一本立ちするきっかけにもなりました。
──企業広告を数多く手がけられています。商品広告の制作と考え方は違うのでしょうか。
商品広告は、良い意味で刹那(せつな)的だと思います。商品の売れ行きによって評価されることは、商品広告の宿命みたいなものです。一方、企業広告は長いスパンで使用することを前提に、俯瞰(ふかん)した視点で考えます。例えば、旭化成の広告は2008年から、現在も継続して「昨日まで世界になかったものを。」というコピーのもと、展開しています。このコピーは、キャンペーンスローガンから企業スローガンになってゆきました。それは、企業の本質に迫るものがあったからでしょう。
どの企業も、何かしらの志を基に設立したはずです。しかし、時間が経つと、それが見えにくくなる。ときどき誰かが「この会社は世の中にどうあるべきか」確認する必要があると思います。旭化成の場合、そのタイミングが私たちのチームが担当したときだったように思います。総合化学メーカーとして、世の中にあるさまざまな問題を昨日まで世界になかった技術で解決する会社、というシンプルな構造に組み直しました。
──「イヒ!」というコピーで展開する企業広告とはトーンが大きく変わりました。
「イヒ!」シリーズは、旭化成の知名度を高めた名キャンペーンだったと思います。ただ、2000年以降、世の中は不況で停滞ムードが続いていました。20世紀は、明るい未来を見せてくれる会社のほうが魅力的に思えたのですが、21世紀は違う。世の中にたくさんある「問題」を共有し、それを解決してくれる企業の方が頼りにされるのではないか、そう考え、ご提案しました。クライアント自身も「イヒ!」だけでは伝えきれないことがあり、なにか新しいキャンペーンが必要だと考えていました。そんなタイミングだったので、私たちの提案が採用されたのだと思います。
──宝島社の企業広告のクリエーティブディレクターも務めています。2019年1月7日付の朝日新聞朝刊に全30段の宝島社の広告が掲載されました。「嘘つきは、戦争の始まり。」というインパクトのあるコピーが印象的です。
宝島社の広告は、蓮見清一社長とともに作ります。今回の「嘘(うそ)」というテーマは、蓮見さんの中で、はっきり決まっていました。そのテーマを、より受け入れやすくしたり、物語性を加えて抽象度を上げたりしながら、世の中にどう定着したらいいか考えていきます。嘘がもたらすことで何が一番問題なのか。社会の共感を高める表現を考えました。
宝島社の企業広告は、新聞に掲載することに意味があると思っています。新聞は極めてパブリックな場だからです。そこで「もの申す」ことの責任と喜びを、広告の作り手としても体感する機会になっています。
名言型から流通型へ コピーの評価軸も変化している
──メディアが多様化しています。広告の表現方法はどのように変化していますか。
かつて、多くのコピーライターが目指したのは、気づきや納得を与える名言型と言われるものでした。それに加え、今はコピーが「流通」することも意識するようになってきたと思います。流通力のあるコピーとは、みんなが使いたくなったり、言ってみたくなったりするのです。例えば、数年前にJR東日本の広告のキャッチコピー「全部雪のせいだ。」は、東京コピーライターズクラブで受賞しました。コピー自体はシンプルで、特別なレトリックはありません。ただ、SNSでものすごく流通したんです。偶然、大雪が降って電車が止まったこともあり、うまくいかないことを、誰かが「全部雪のせいだ」とSNSでつぶやき、多くの人がまねしていろんなことを「全部雪のせいだ」と言い始めました。次第に「雪」を違う言葉に置きかえて「全部目が悪いせいだ」などアレンジして遊ぶ人も出てきて、結果的に「全部雪のせいだ。」というコピーは世間に広まった。コピーライターはどれくらい狙って書いたのかは分かりませんが、こういった評価のされ方もあるんだと納得しました。
JR九州の九州新幹線全線開業の広告は、クリエーティブディレクターから「10文字以内」でコピーをと言われました。それで書いたのが「祝!九州」。「祝!九州」というコピー自体は、至って普通です。短くて端的にしたことで沿線の方々が「祝!九州」という言葉入りの旗や人文字をつくるなど「流通」させることができました。
──新聞広告の役割について。
新聞というメディアがどうなっていくかによって、広告のあり方も変わると思います。最近、地方の新聞社は地元企業と一緒に面白い広告を企画して、広告賞も受賞しています。それは、地域の人たちと密接に関わり、地元を盛り上げていくことが地方紙のあり方の一つだと考えたからだと思います。
新聞に限ったことではありませんが、今、メディアは過渡期です。私が大学生の頃に読んだ、マーシャル・マクルーハンのメディア論の本には、「メディアは入れ替わらない、積み重なっていく」と書かれていました。例えば、テレビが生まれたからといって、それまで主流だったラジオはなくなっていない。要するに、メディアは入れ替わらず地層のように積み重なっていくだけなのです。だから、SNSが普及したからといって、新聞やテレビがなくなることはないと思います。
──最後に、広告業界で働く若手へメッセージをお願いします。
今はメディアやPR、デジタルの施策など、コミュニケーションのあらゆることに関与しなければならず、大変だと思います。ただ、コピーを書くときは、書くことに集中した方がいい。他の要素に頼らない一行を考えた方がいいコピーが生まれると思います。
電通 クリエーティブ・ディレクション・センター
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター。1990年電通入社。東京コピーライターズクラブ会員。これまでの主な仕事に、旭化成企業広告「昨日まで世界になかったものを。」、JR九州・九州新幹線全線開業「祝!九州」、旭化成ホームズ・へーベルハウス「考えよう。答はある。」、KIRIN 一番搾り「やっぱりビールは おいしい、うれしい。」、大塚製薬・ポカリスエット「自分は、きっと想像以上だ。」などがある。