コミュニケーション戦略の新たなカギは パーパス起点の「グローバル4P」

 昨年は新型コロナウイルスの影響で世界的な広告賞が複数中止、またはオンライン開催に。そうした中でロンドンのデザイン・広告賞であるD&AD賞のオンライン審査に参加した、博報堂 グローバル統合ソリューション局GM/グローバルクリエイティブディレクター/PRディレクターの室健氏に、近年の潮流などについて聞いた。

潮流はプロダクトドリブンからパーパスドリブンへ

室 健氏室 健氏

――世界的な広告コミュニケーションの潮流について教えてください。

 ソーシャルグッド、CSV、SDGsなどの意識が広く浸透する中、ダイバーシティやジェンダー・イコーリティ、環境やエネルギー、差別や貧困といった社会課題に取り組む企業が評価される傾向が続いています。昨今注目されているのが「ブランド・アクティビズム」という考え方です。例えばナイキは、差別と闘う姿勢を標榜(ひょうぼう)して話題になりました。企業やブランドが自分たちの価値観やスタンスを明確に主張する戦略が注目される要因として、ミレニアル世代の台頭、ソーシャルメディアの拡大、社会の分断などが挙げられます。プロダクト単体では評価に至らず、「社会における存在意義とは何か?」という「パーパス」に基づくアクションが反響を呼んでいるのです。プロダクトドリブンからパーパスドリブンへ。この傾向はコロナ後も続くと思います。



――企業のマーケティングやコミュニケーションはどのように変化していくと考えますか。

 日本では長く「プロダクト・プライス・プレイス・プロモーション」の4Pが重視されてきました。しかし今や中国など新興国の商品やサービスとの差別化が難しくなり、コロナ禍によりプロダクトの現物を見ないオンライン消費も急増しています。「What(何をするのか)やHow(どうやってそれをするのか)ではなくWhy(なぜそれをするのか)から発想しないと企業は生き残れない」。これはコンサルタントのサイモン・シネックが2009年に「TED」で行った有名なスピーチです。このWhyこそパーパスに通じるものです。難しいのは、パーパスとは何かを理解していないと「人々を幸せにする」「平和に貢献する」といった漠とした目標になりがちなこと。さらにパーパスを掲げるだけでは意味がなく、いかに事業戦略やコミュニケーション戦略で体現できるかが重要です。当社では「グローバル4P」(パーパス・ピープル・プロット・プログラム)を従来の4Pに代わるフレームワークとしています。

室 健氏が開発した「グローバル4P」フレームワーク

――注目している企業の取り組みやキャンペーンの事例は。

 2016年にカンヌで話題となった「#オプト・アウトサイド」は、アメリカのアウトドア用品店REIが、ブラック・フライデーに全店を休業し、アウトドアに出ることを呼びかけたキャンペーンです。「アウトドアを楽しむ時間を増やす」という共感を呼ぶパーパスに加え、年で最も売り上げが期待できる日に全店休業という驚きの筋書きが奏功。追随する企業が多数現れ、メディアやSNSでも取り上げられました。もう一つ例を挙げると、ボルボの「E.V.A.Initiative」。同社は、女性が運転中にケガをする確率が男性より高い要因の一つとして、多くの自動車メーカーが男性のダミー人形を使って衝突テストを行っていることが挙げられると指摘。1970年代から収集している男女を平等に扱ったテストデータを他社やエンジニアに共有しました。この施策は2019年のカンヌ「クリエイティブストラテジー部門」のグランプリを獲得しました。コロナ下では物理的な接触や移動が制限されます。しかし企業が持つ「データ」はそれに左右されません。ボルボの施策は、コロナ時代に一つのヒントを示したように思います。

REIのキャンペーン「#オプト・アウトサイド」
ボルボの取り組み「E.V.A.Initiative」

公的なイシューの議論における新聞メディアの影響力

――新聞メディアが果たす役割についてはいかがでしょうか。

 ネットニュースも元ネタは新聞ということが多く、その情報がSNS上でシェアされてムーブメントになるケースは少なくありません。とりわけ公的なイシューを議論する際に新聞の影響力は大きい。そういう意味では、2020年のD&AD賞で入賞したレバノンの日刊紙「アンナハール」のキャンペーンが興味深かったです。同紙は、首都レバノンをアラビア語で「birthplace of men」と歌った国歌の歌詞を「birthplace of men and women」に変えて1面に掲載。この「新しい国歌」は同国で広く支持され、アラブの歴史を変えたとまで言われています。こうしたジェンダー・イコーリティやインクルージョンといった公的なメッセージを社会に広く伝えたい時に新聞は有効だと改めて感じました。

レバノンの日刊紙「アンナハール」のキャンペーン
「New National Anthem Edition」

――室さんが手がけたキャンペーンについてもご紹介ください。

 「ロコモ チャレンジ!」は、日本整形外科学会の依頼で2010年に開始した啓発キャンペーンです。ロコモ(ロコモティブシンドローム)とは「立つ」「歩く」といった移動機能が低下している状態のことを言います。進行すると介護が必要になるリスクが高まるため、認知を広げて国民に予防に努めてもらう意図がありました。そこで「治療から予防へ」という大きなパーパスの下、簡単な動きで自分が予備軍かどうかわかる「ロコモ度テスト」や、予防の運動「ロコトレ」などの普及を図るとともに、約30社の企業と連携してロコモ関連の商品やサービスを開発。その市場は今や1400億円規模に膨らみ、ロコモ予防が国の健康目標の一つに加えられ、WHOからも視察団が来るなど、国家的、国際的に関心が高まっています。このキャンペーンも公的な意味合いが強く、またコアターゲットが高齢者層であるため、新聞が効果的でした。

ロコモティブシンドローム啓発運動「ロコモ チャレンジ!」

――現在手がけている仕事についてお聞かせください。

室 健氏

 私が手がける案件の半分は、日本企業のグローバル戦略、半分は外資系企業の日本市場エントリー戦略です。日本企業のプロダクトドリブンの傾向は今も根強くあり、パーパスドリブンへの転換が今後のチャレンジです。ここでの課題は、日本の企業の多くがグローバルに理解されるバリューを言語化して持ち合わせていないこと。例えば「日本らしさ」「日本の美」と言っても、その本質的価値は言語化できていないケースが多い。これからの時代はパーパスを言語化し、体現するための「グローバル4P」のような考え方が重要になってくるでしょう。

室 健(むろ・たけし)

博報堂 グローバル統合ソリューション局 GM/グローバルクリエイティブディレクター/PRディレクター

2003年博報堂入社。東京大学工学部建築学科卒、同大学院修了。2014年ミシガン大学MBA修了。入社以来PR・コーポレートコミュニケーション・コーポレートブランディング業務に携わり、オムニコムグループのKetchum社との戦略的提携・共同プロジェクトをリード。現在はグローバル統合ソリューション局GMとしてクリエイティブ・デジタル・マーケティング・PRのスタッフを率いて日本企業のグローバルIMC戦略、外資系企業の日本市場エントリー戦略を立案・実行。ACCグランプリ、Cannes Lionsシルバー、Cannes Lions Masters of Creat ivi ty Winner、Golden SABRE Award、Spikes Asiaシルバー等国内外で多数受賞。D&AD、Effie Asia Pacificの審査員を歴任。