ファンとの絆を深め、リアルな体験の価値を高めるためにもSNSは有効

 コロナ禍は人々の外出の機会を減らすとともに、オンラインでのコミュニケーションを活発化させた。そのような時代に、SNSやデジタルマーケティングはどのような役割を果たすべきなのか。森美術館のプロモーション担当で、同館のSNSマーケティング戦略を紹介する『シェアする美術』の著書もある洞田貫晋一朗氏に、企業がSNSを運用するうえでのポイントなどとともに聞いた。

――まずは森美術館におけるSNSの運用戦略について教えてください。

洞田貫晋一朗氏洞田貫晋一朗氏

 私どもがSNSを活用する一番の目的は、来館者を増やすことです。展覧会は期間が決まっており、それを過ぎると二度と見ることができません。そこでお客様に展覧会の基本情報を確実に届けるために、リツイート機能があり、拡散力が大きいツイッターを活用しています。そのうえでアート好きな方との関係を深めるために、フェイスブックやインスタグラムも活用しています。

 とりわけ来館を後押しする力が最も強いのが、20代から30代前半の女性ユーザーが多いインスタグラムです。当館では、展示室内で撮影をOKにする努力を続けており、SNS上で体験をシェアできるムードを後押ししてきました。最近はインスタグラムの機能であるストーリーズで投稿し、友達に美術館に来ていることを伝える人も増えています。ストーリーズは24時間で消えるので気軽に投稿でき、体験のシェアに向いています。

――企業がSNSを運用するうえで、最も大事なことは何だと思いますか。

 SNSは低コストで大きな効果を出すことも可能ですが、そのためには正しい戦略と分析のもと、一つひとつの投稿を入念に練り上げる必要があります。それは時間も労力もかかり、片手間でできることではありません。ですから企業がSNSマーケティングに本気で取り組むなら、社内にある程度、SNSに専念できる担当者を置くべきだと思います。最近はSNS運用を代行する会社もありますが、まずは、その企業の現場やお客様のことをよく知る社内の人が運用したほうが、効果は出やすいと思います。それによってSNSを活用した新しいプロモーションのアイデアも生まれます。

――著書で「企業のSNS投稿は必ずしも面白い内容を目指す必要はない」とおっしゃっていますね。

 SNS投稿をしていると、フォロワー数を増やしたい、バズらせたいと、どうしても面白い投稿を目指しがちになります。でもその企業のファンや潜在顧客が、必ずしも面白い投稿を求めているとは限りません。実際にバズったときは、本来のファンや潜在顧客とは関係ない人が話題にしていることが多いものです。それだけ炎上リスクも高まります。商品の購入やブランドイメージの向上につながらないだけでなく、長年、築き上げてきたファンが離れてしまうことにもなりかねません。企業のSNSを運用する人は、常に「自分は何のために投稿をしているのか」を考える必要があると思います。

 SNSは基本的に友人や知人など個人間でやり取りするものです。そこに突然割り込む企業アカウントの投稿は、細心の注意を払って行うべきでしょう。

――昨年はコロナ禍により、森美術館も長期休館しました。その期間、SNSはどのように活用されていたのですか。

 臨時休館や、次回展の開幕延期など、これまで通りの展覧会情報が発信できなくなりました。でもせっかく築き上げてきたフォロワーとのつながりを失いたくなかったので、SNSを使ってみなさんに喜んでいただけることができないかと考えました。そこで自粛生活中の世界のアーティストから、自分たちが作って食べている料理レシピと写真、エピソードを集め、紹介する「アーティスト・クックブック by MAM」という試みを、フェイスブックを中心に行いました。その結果、これまでで最多のトータル16万「いいね」をいただくことができました。

――コロナ禍でもユーザーとのつながりを大切にしたいとの、森美術館の思いが伝わったのですね。

 リアルな展覧会が制限されている以上、今までより一層オンラインを活用し、ファンとの絆を深めるべきだと考えました。2020年4月末にはオンラインプログラム「MAMデジタル」を立ち上げ、展覧会で上映予定だった映像の作品や当館が実施してきたワークショップなどのアーカイブを無料公開しました。10月からは4K対応のハイクオリティーな映像コンテンツを配信する有料プログラムも始めました。美術館に出かけられない人にも、美術館に行ったような気分をオンライン上で味わっていただきたいと思っています。

――コロナと共存せざるをえない時代の新しい取り組みですね。

洞田貫晋一朗氏

 今後はあらゆる分野で、リアルとオンラインの融合が進んでいくと思います。私どもも美術館でのリアルな体験と並行し、オンラインで現代アートを楽しめる機会をますます充実させていきます。とはいえデジタル上の体験と、美術館に出かける体験はやはり別ものです。美術館へ出かけるという行為は、当日にむけた準備や期待、移動中の友達とのおしゃべり、鑑賞後に食事をしながら作品やアーティストについて語り合う時間などを含めた総合的な価値です。

 だからこそ、美術館を実際に訪れた人がそこで感動したり、驚いたりした体験を発信するSNS投稿が、人々の強い共感を呼び、「私も行ってみたい」との行動を促すのです。

 またSNSを活用することで、リアルな場に新たな価値を生み出すことも可能です。例えば現在、閉館後のお客さんのいない美術館内で自由に撮影・投稿できる「#empty」というイベントが世界の美術館で行われており、大変好評です。

――今後はリアルなものとSNSやデジタル技術を組み合わせることで、新たな付加価値を生み出す発想がますます大事になりますね。

 はい。そう言った意味で私は、新聞というメディアはまだまだ大きな可能性があると考えています。毎日、自宅にあれだけの情報が載ったリアルなものが届くというシステムは、考えてみればすごいことです。そのような新聞とSNSやデジタル技術とをうまく組み合わせれば、まだまだ面白いことができるのではないでしょうか。

 結局のところSNSは、人の感情を伝える極めて人間くさいツールです。だからこそ上手に使えば、人と人をつなぎ、リアルなものの価値を高めるうえで大きな力を発揮するのだと思います。

洞田貫晋一朗(どうだぬき・しんいちろう)

森美術館 プロモーション担当

1979年生まれ。東京都出身。2006年森ビル株式会社入社。森美術館マーケティンググループに所属。デジタルマーケティングを美術館に積極的に取り込むとともに、多様なターゲットに広くリーチする企業SNSの運用方法を研究。企業SNSの運用についてセミナー・講演も多数。著書『シェアする美術 森美術館SNSマーケティング戦略』(翔泳社)