ブランドミッションを世の中に伝え、一緒に考えていくことで社会は動く

 2018年度の朝日広告賞(準朝日広告賞)を受賞したP&G パンテーン「#この髪どうしてダメですか」、同2020年度(部門賞)受賞の大王製紙 アテント「#常識をはきかえよう」など、社会課題に正面から向き合う企画を次々と手掛けるクリエーティブ・ディレクター 細川美和子氏。新たな広告領域へと挑戦し続けるための原動力と、新聞広告とSNSの親和性についてお話をうかがいました。

クライアント、広告制作者、生活者の3者がやりがいを感じられるように

20190318_P&G_ad 2019年3月18日付 朝刊
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──ご自身がこれまで携わってこられた広告の中で、特に印象に残っている思い出深い作品、大きな達成感が得られた作品を教えてください。

 面白くて目立つ広告、感動してもらえる広告が評価されるのはもちろんうれしいのですが、2018年度のP&G パンテーン「#この髪どうしてダメですか」、2020年度の大王製紙 アテント「#常識をはきかえよう」は、世の中と一緒に作れたな、という達成感がありました。広告が一方通行のメッセージで終わることなく、世の中の人とともにふくらませられたり、動きが生み出せたと思ったからです。私自身も新しい領域を切り開くことができた、思い出深い仕事です。広告を世の中の人と共創できる、というステージに関われたことを実感しました。

20200804_daiouseishi_ad 2020年8月4日付 朝刊
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20200822_daiouseishi_ad 2020年8月22日付 朝刊
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──このふたつの企画は、業界内外で大きな話題となりました。当初から「世の中を動かしてほしい」というクライアントからの要望が含まれていたのでしょうか。

 それぞれ事情は違うのですが、例えばPGさんからは当初、「日本の市場の中でお客様のエモーショナルな部分にまで働きかけて、強い絆を築いていきたい」という課題をうかがいました。そこでまず、商品の良さを一方的に伝えるだけでは、ブランドのファンになっていただけず、長く愛される関係性を構築できないと話し合いました。

──その課題を解決するための方策として、どのような広告がふさわしいかを探っていったのでしょうか。

 私には、商品の良さだけじゃなく、「こういう世界になったらいいよね」と、目指す未来を語ってくれるブランドづくりに尽力したい、という気持ちがあります。
 というのも、クライアントから「こういう未来のために頑張りたい」という想いを語って頂けると、まず広告の作り手である自分自身に、情熱とやりがいが生まれますから。こうした人の助けになるのなら、ブランドのミッションやビジョンをなんとか伝えたいと意欲が湧きます。
 そして、その広告にふれた生活者の心にも、「それなら支持するよ」「買って応援するよ」と、ブランドとの繋がりが生まれ、自ら広げてくれたりする。クライアント、広告制作者、生活者のそれぞれがやりがいを持てることが、よい循環を生むと思っています。
 それもあって、もうひとつ意識しているのは、「メッセージを一方的に押しつける」広告ではなく、「世の中に共有され、対話してもらう」広告であること。広告を「広場」のように使って世の中に問いかけ、一人ひとりに声を発してもらい、さらにそれを多くの人に届けたい。本来の「公共」は、生活者の声が作っていくものだと思いますし、これからの広告はそのために機能できると考えています。

新聞の〈パブリック性〉とSNSの〈パーソナル性〉でキャンペーンが機能

──そこで有効的にSNSを活用されたのでしょうか。

 「#この髪どうしてダメですか」は、学校への地毛証明書提出といった、理不尽な校則に対する思い、また、「#常識をはきかえよう」は急速に高齢化が進む中、支え合える社会を求める思いにみんなが共感してくれ、反応が集まったのだと思います。「当たり前」は疑ってもいい、という感覚を大切に、自分が今「感じていること」をステートメントに込めるようにしています。総論ではなく、パーソナルな想いこそが熱を持って伝わっていくので。

 こうしたソーシャルイシュー、社会的な問いかけに新聞媒体は適していますよね。かつ、そこにSNSやハッシュタグのようなテクノロジーがかけあわさったからこそ、一人ひとりの声を大きなチカラに変えられるキャンペーンになったのだと思います。
 どちらかだけで完結していたら、これほど話題が広がらなかったのではないでしょうか。新聞という〈パブリック〉なメッセージや問いを発せられる場所と、SNSの〈パーソナル〉性、双方が掛け合わさったからこそ機能したキャンペーンです。このタイミングで、新聞とSNSの連動にチャレンジでき、反響をいただけたのは良かったです。

※新聞記事をクリックすると拡大表示されます

──想いを明文化したり、言語化して伝えることで、クライアントが気づく場合もあるのですね。

20170329_tokyogas_ad 2017年3月29日付 全国版朝刊
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 ケースバイケースなのですが、私はクライアントへの取材に力を入れるようにしています。例えば、「東京ガスの人」(2016年度 朝日広告賞グランプリ)ですと、東京ガスの社内には世の中に知られてないのに、実は世の中を支えている人がたくさんいることがわかりました。例えば、ガスの供給状況が見渡せるコントロールパネルの前で24時間体制で見守っている人、災害などに備え、いつでも何か起きたら駆けつけられるように待機している人、ガス会社なのに自然エネルギーの開発に携わっている人、などです。
 こうした方に取材をしていく過程で、社員さん同士でも知らなかったことが時々聞けたりします。そしてご本人は当たり前のようにやっていても、その有り難さに取材しているこちらが驚くことがあります。この仕事では特に、社員の方一人一人がもつ「暮らしを支える覚悟」を世の中に伝えることができたという感触がありました。そのままでは埋もれていたかもしれない、知られざる人たちの凄さを探ることも、自分の役割だと思っています。

──どのようなことが、ご自身のモチベーションアップにつながるのでしょうか。

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細川美和子 氏

 すべての商品やサービスは、世の中の誰かを幸せにしたくて生まれていると思うのです。そういったブランドフィロソフィーをうまく引き出せたり、聞き出せたときに、自分もうれしくなりますし、この商品やサービスのためなら頑張れると思えます。その想いをより伝わりやすいように言語化することで、クライアントにも喜んでいただけます。「そうそう、私たちはこうしたことがやりたかったんです」という声を時々いただきます。
 こうした熱い思いに触れられ、さらに気づいていない凄さを見つけられたら、とてもうれしいです。
 私は役に立つモノを開発しているわけではありませんし、誰かを助けるサービスで社会に貢献しているのでもありません。そのぶん、考える時間、取材の時間、掘り起こす時間をもらっている気がしています。自分の役割を認識して、社会全体や歴史の流れの中でのブランドの価値や存在意義を見落とさないで伝えられるようにしたいと思っています。

──大王製紙 アテントのパッケージデザイン変更にまで結びついたのは、従来の広告の域を超えた大きな成果と言えるのではないですか。

 「#常識をはきかえよう」という投げかけに対し、いろんな声を頂けたのですが、その中に「紙パンツのパッケージがおしゃれになったらうれしい」というご意見が多くありました。そこでまずは、その声に応えてみよう、という経緯です。クライアントのご担当者が社内でいろいろと交渉をされ、現場の調整もしていただいたことで実現できました。
 多数決で決めるのではなく、多様な立場の人と対話しながら、さらには悩みや迷いも含めて“オープン”にサイトやSNSで開示しながら、デザイン自体も進めたことが今回の新しさかもしれません。クライアントも介護の現場を熟知していて、寄り添う気持ちと応えるやさしさを持った方々だったからこそ、ここまで到達できたのだと思います。

新聞は全国に一人ひとりの小さな声を届けられるメディア

──あらためて、このような手法のキャンペーンにおいて、新聞はどのような位置づけにあるのか、お聞かせください。

 新聞は、そのブランドの思いを真摯に、丁寧に伝えられる場として最適だと思います。しかも、新聞という媒体への信頼感も手伝って、意義のあるものを作るとどんどんシェアされるので、SNSとも良い関係にあると思っています。
 中でも朝日新聞の読者は社会課題に対する関心が高い、というイメージがあります。こうした方々に届いて話題にしてもらえる波及効果には期待しています。また、当たり前ですが朝日新聞は全国に届きますし、本来なら知られることがなかった一人ひとりの小さな声を広く伝えるためにも意義があると感じています。大多数の総論やデータではなく、ひとりの小さな声を埋もれさせずに多くの人に届けることが、新聞の役割としてエッセンシャルだと思います。それを広告でも実現できたら素晴らしいことです。

──新聞とSNSとはなぜ親和性が高いのでしょうか。

 新聞は「今までの当たり前」の世論や流れに対して問題提起をする時に、わかりやすい広場だと感じています。今の時代に個人が感じている違和感に対して問いかけ、それについてみんなが議論したいという気持ちに刺さった時に、新聞は大きな爆発力を持っています。自分もそうした投げかけをしたいと思った時は、新聞への広告出稿を選ぶと思います。

──最後に、若手クリエーターの方にメッセージをお願いします。

 広告の話でいうと、ブランドの想いを大切にしながら、それぞれの方が自分のやりがいを見つけて、世の中に伝えることが大事かなと思っています。
 私は社会課題をテーマとする企画が得意な人、と思われている節もあるのですが、少子高齢化をどうにかしたいだとか、校則を変えたいという大きな分母の話ではなく、その先にいる誰かひとりが幸せになることを想像しながら、つくることがやりがいになっています。
 広告は、誰かに予期せぬ出会いを運んでくれます。今まで自分が知らなかった世界を知ったり、新しい視点を持てたり―。出会った人の心と毎日を豊かにする力がある。世界を見る目を広げてくれるのが、広告の本来の力だと感じています。そして、たった一行の言葉でもそれができるのが、広告の魅力です。

細川美和子(ほそかわ・みわこ)

クリエーティブ・ディレクター/コピーライター


2021年末に電通を独立、クリエーティブ・ディレクター・コレクティブ(つづく)を設立。長く愛され続ける物語のあるブランドづくりを志す。言葉を中心に、広告とPR、マスとソーシャルをかけあわせ、世の中といい関係を作るための挑戦を続けている。最近の仕事は、アテント「#常識をはきかえよう」、パンテーン「#この髪どうしてダメですか」、東京ガス「家族の絆シリーズ」など。国内外で受賞多数。審査員としても、ACCフィルム部門審査委員長、ブランデッド・コミュニケーション部門審査員、TCC審査員、カンヌライオンズ・フィルム部門審査員などを歴任。