「インクルーシブデザイン」

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 平均的・標準的なユーザーを想定したマス向け商品・サービスのデザインにおいては、高齢者や障がい者といった特別なニーズを持つ人々が無意識に排除(exclude)されてきた。インクルーシブデザインは、デザインの上流プロセスからこうした人たちを積極的に巻き込む(include)参加型デザイン手法だ。

 「インクルーシブデザイン」は、高齢者や障がい者が感じる不便さ・使いにくさを改善する「バリアフリーデザイン」を一歩進めて、特別なニーズを持った人をマス向けとは区別して提供するのではなく、誰にとっても使いやすく快適なデザインを目指す、「ユニバーサルデザイン」「デザイン・フォー・オール」といった、より包括的なデザインの考え方のひとつである。

 インクルーシブデザインの大きな特徴は、商品・サービスの設計や開発など、デザインの上流プロセスから、こうした特別なニーズを持つ人たちを積極的に巻き込んで(include)、参加型の共創プロセスをデザインに組み込むコ・クリエーション手法にある。

 高齢者や障がい者などの特別なニーズを持つ人たちを、デザイン開発チームの一員として巻き込み、対話や行動観察だけでなくワークショップなども行いながら、開発チーム全体がニーズを引き出し理解する気づきのプロセスを組み込んでいく。それを起点に、デザイン開発からプロトタイピングへと進めていく。

 インクルーシブデザインでは、こうした高齢者や障がい者などの特別なニーズを持つ人たちを「リードユーザー」「クリティカルユーザー」「エクストリームユーザー」などと呼ぶが、これはこうした高齢者や障がい者を「進んだニーズ、厳しい要求を持つ人々である」ととらえ、彼らのニーズを満たすことで、他の人々にとってもより魅力的な商品・サービスとなる。その結果、少数の人のためのデザインではくメインストリームになりうるという考えに基づいている。

 平均的・標準的なニーズのユーザーに着目しているだけでは、なかなか差別化可能な新しい商品・サービスが生まれないなかで、リードユーザーの存在が本質的な課題の掘り下げに力を発揮すると見ることもできる。

 「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(注)に参加したとき、参加者のアテンドをつとめる視覚障がい者のひとりが、「私たちはセンサーです」と言ったのを鮮明に記憶している。彼らが開発に加わったタオルは、手触りに徹底的にこだわっている。リードユーザーとの共創が可能にした商品デザインの好例といえよう。

 イギリス政府は英語を母国語としない移民の増加を背景に、公式文書のデザインや手続きの見直しを行った。日本でも、訪日外国人がますます増加すれば、日本語がわからなくても理解しやすいデザインが必要な場所も、これまで以上に多くなるだろう。公共交通機関や商業施設のサイン表示など、初めて日本に来た外国人にもわかりやすいデザインであれば、日本人にもわかりやすくストレスのないものとなるだろう。

 特別なニーズを持つ人々に着目し、彼らをデザインプロセスに巻き込むことで、それが他の多くの人にとっての課題解決にもつながるデザインを生みだす。そうしたインクルーシブデザインによるアプローチが今後ますます増えていくことだろう。

(注)ダイアログ・イン・ザ・ダーク 光を遮断した暗闇空間を体験するワークショップ。1988年にドイツで生まれ、現在日本では東京・外苑前とグランフロント大阪で体験できる。

山口千秋(やまぐち・ちあき)

電通 マーケティングソリューション局 第4マーケティングディレクション室 室長

1986年電通入社 食品・飲料・化粧品などのFMCG、金融・運輸サービスなどのマーケティング・コミュニケーションに従事。2015年7月より現職で、電通の基幹クライアントのマーケティング4P課題全般に対応するセクションを統括。APAC Effie Award 2015審査員。