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「グロースハッカー(growth hacker)」

アサツー ディ・ケイ ストラテジック・プランニング本部 360ソリューション・デザイナー/商材開発室長/ADK SOCiAL DESiGNiNG 所長 井上一郎氏
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 グロースハッカー(growth hacker)という専門職が、近年、注目を集めている。 グロースハッカーとは、IT、ウェブの技術を駆使(hack)しながら、事業の成長(growth)にコミットし、継続的に顧客、利益の獲得を実現させる新しい時代のマーケターといわれている。

 ハッカーというと違法な手段でインターネットを通じてコンピューターに侵入する犯罪者が想起されやすいが、本来的な意味は、コンピューターやシステムの内部に詳しい人を指す尊称である。また、ハッカー(hacker)の動詞であるhackには、コンピューターのプログラミングに取り組むという意味のほかに、俗語として〈事業・計画などを〉うまくやり抜くという意味もある(注1)

 グロースハッカーについてアンドリュー・チェン(注2)は、“マーケターとコーダー(注3)のハイブリッド”であると述べている(注4)。製品やサービスの顧客の獲得という、いわばマーケティングの直接的な目標に対し、A/B テスト、ウェブサイトのランディングページやメール配信方法の改定などを繰り返しながら、その目標を達成していくことがミッションの職種である。製品やサービスの顧客を獲得する場としてのウェブサイトの役割、シェアが増すにつれて、グロースハッカーに対する期待は高まっている。

 グロースハッカーに注目を集めた有名な事例として、2012年のアメリカの大統領選でオバマと善戦したロムニーの献金集めがある。ロムニー陣営は、グロースハッカーとして実績のあったアーロン・ジーンを招聘(しょうへい)。アーロン・ジーンは数時間サイクルで、ABテスト、ウェブサイトデザインの変更を繰り返しながら献金を増やしつづけた。最大の成果は、ウェブサイトの献金画面に献金の進捗(しんちょく)を可視化するプログレスバーを設置したことだ。ロムニーの支持者たちは、プログレスバーの残目盛り数に反応し、プログレスバーを100%にするために次々と追加で献金をしたという。結果としてロムニー陣営は、広告など規模の大きいマーケティング予算をかけずに1億8000万ドルもの献金を集めることに成功した。(注4)また、フェイスブック、ツイッター、アマゾンなどが数年で数千万ユーザーを獲得したのもグロースハックの成果によるものだという。(注5)

 尚、グロースハックは、従来のマスメディア中心のマーケティングと対比して語られることが多い。基本的には伝統的なマーケターは、グロースハッカーにとって代われるという論である。実際、アンドリュー・チェンは、グロースハッカーを新しい時代のマーケティング担当バイス・プレジデントであるとも述べている。(注6)中には、ブランディングvsダイレクトマーケティングのようにレイヤーの異なる概念を比較した議論も散見されるが、消費者行動をトレースしやすいオンラインマーケットが、認知の場としても、決済の場としてもメジャーになるにつれ、オンラインマーケティングについての知識がないマーケターの居場所が少なくなることは間違いないとはいえる。

 グロースハックにおいては、常に(小さな)失敗と改善を繰り返しながら顧客獲得数を増やしていく。つまり、連続してPDCAを回転させるマーケティング・プロセスになる。そのため、プランナーとリサーチャーが別組織であるなど意思決定に時間がかかる分業体制のPDCAでは機能しない。マーケティングチーム内で、常にPDCAを回し続けるためには、全員がマーケティングとコーディングの両方のスキルを持つ必要はないかもしれないが、少なくとも全員が、オンライン領域で何ができるのかという基本的知識を身に付けるべきであるし、また、少なくとも“同時に意思決定できるチーム内”にプログラミングやコーディングができるメンバーを加えることも必須であるといえよう。

(注1)研究社 新英和中辞典
(注2)アンドリュー・チェンは、IT、スタートアップなどの領域で著名なブロガーであり投資家やアドバイザーでもある。
(注3)仕様書などを元にプログラミング言語でコンピュータープログラム(のソースコード)を記述したり、画面イメージやデザイン案などを元にHTMLやCSSなどの言語でウェブページのコードを記述したりする人のこと。出典:IT用語辞典eーWords
(注4)以下のウェブサイトより引用。SKILL HUB「グロースハックとは何か 最もホットな仕事 グロースハッカーとは?」VASILYグロースハックブログ「ゲーミフィケーションを活用してユーザーの継続率UP!参考になるアプリ・サービス事例10選」いずれもアクセス日時:2015年8月10日。
(注5)Ryan Holiday (2013) Growth Hacker Marketing: A Primer on the Future of PR, Marketing and Advertising, Profile Books (佐藤 由紀子 (訳), 加藤 恭輔(解説)(2015)『グロースハッカー第2版』日経BP社)から引用。
(注6)以下のウェブサイトより引用。Andrew Chen. ”Growth Hacker is the new VP Marketing”. アクセス日時:2015年8月10日。

井上 一郎(いのうえ・いちろう)

アサツーディ・ケイ ストラテジック・プランニング本部 360ソリューション・デザイナー/商材開発室長/ADK SOCiAL DESiGNiNG 所長

1989年旭通信社(現ADK)入社。新聞局などを経て2006年第2クロスメディア局長。13年から現職。日本広告学会理事など。SPIKES ASIA 2011 メディア部門銅賞受賞。『R3コミュニケーション』(共著)など。

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