「ソートリーダーシップ」

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 ソートリーダーシップ(Thought leadership)とは、特定の課題やテーマに対して、企業が、その解決策となりうる「主張、思い、理念など(=ソートThought)」を掲げ、社会や顧客からの共感と評判を生み出すこと。戦略的に当該テーマの第一人者(Thought leader)としてのポジションを獲得するためのマーケティング活動である。また、そのソートを具体的にアウトプットするコミュニケーションやコンテンツをソートリーダーシップ・コンテンツという。

 環境問題、格差など様々な社会的課題が顕在化し、消費者の社会意識が高まる中、消費者の企業に対する期待も製品やサービスだけでなく、その企業がどのような理念や考えを持っているのか、どのように社会を良くしようとしているのか、すなわち企業のソートに対しても向けられるようになってきたといわれている。

 コトラーらは、マーケティングは製品中心のマーケティング1.0(機能価値)、消費者中心のマーケティング2.0(機能価値+情緒価値)を超えて、価値主導のマーケティング3.0(機能価値+情緒価値+社会価値)へと大きく進化していると述べている。マーケティング3.0においては、「顧客満足」だけでなく、「世界をよりよい場所にする」という高次元な目的が求められるとした(注1)

 例えば、三井グループ(三井広報委員会)は、三井ヒューマンプロジェクト事業の一つとして、プロ野球の優秀な守備の選手(ベストナイン)を表彰する三井ゴールデン・グラブ賞を提供している。この背景には、「人の三井」として「人を大切にし、多様な個性と価値を尊重することで社会を豊かにする」という同事業の活動目的があり、バッティングやピッチングなど、一般的に注目されやすい仕事だけでなく、どちらかといえば裏方かもしれないが野球の土台ともいえる守備の仕事にも光をあてたいという思い(ソート)があると解釈できる(ピッチャーも投球ではなく守備が評価される)。

 筆者が、三井グループが三井ゴールデン・グラブ賞を提供していることを知らせた人たちを、この三井グループのソートの認知者グループと非認知者グループに分けて、三井グループに対するブランドイメージの比較調査を行ったところ、三井グループのソート認知者グループの方が、ソート非認知者グループよりもポジティブな評価になるという調査結果が得られた(注2)

 このことは、同じ活動であっても、それを社会的課題の中に位置づけるか否か、企業のソート(思い)の文脈とひもづけてコミュニケーションするか否かで、消費者のブランドに対する評価(ブランドイメージ)が変わることを指し示している。

 では、ソートリーダーシップ・コミュニケーションを実践するためにはどのような方法が考えられるだろうか。

 スコット(2009)は、まずは自分の立場から離れ、ペルソナの立場に立って考えるべきであるとし、例として、スノータイヤを販売するタイヤメーカーのソートリーダーシップ・コンテンツを挙げている(注3)

 このタイヤメーカーは、雪の中でも安全に走行するための運転方法を説明する動画を制作し、自動車学校や自動車愛好家のコミュニティーに無料で配布したという。(動画にはこのタイヤメーカーが監修、制作した旨のテロップが入っているであろう。同社のアドバイザーも出演している可能性が高い)

 この映像がソートリーダーシップ・コンテンツとして、より効果を発揮するのは、この映像が教習場や自動車愛好家のコミュニティーサイトなど第三者によって紹介されたときである。直接利害関係がない自動車の専門機関で、当該タイヤメーカーが制作した映像が流れることは、同社の雪道における安全走行の第一人者(ソートリーダー)イメージを高め、ひいては、同社の製造・販売するスノータイヤにその品質イメージが転嫁される可能性が高いからだ。

 ソートリーダーシップの実践方法を整理すると以下のようになる。

 自社の商品やサービスを直接売り込まず、顧客や消費者の課題に沿って、その解決策となる情報を提供する。その情報が、課題を共有する第三者から紹介されたり、引用されたりしやすくするように設計する。そのためには、課題を共有する第三者との連携も重要だ。

 これには情報の伝達チャネル拡充とコンテンツの精度、信頼性の向上という2つの狙いがある。同時に自社のウェブサイトやソーシャルメディアを積極的に活用することも求められる。ソートリーダーシップ・コンテンツは形態を問わない。アウトプットとしては、白書形式あるいは調査結果の公開といったことも検討できる。通常、このような情報価値の高い資料は内部資料としてのみ活用されるか、外部に出す場合であっても有料で販売されることが多いが、ソートリーダーシップの概念では、出典明記を条件に、あえて無料で公開して、引用を促進するという視点も重要だ。

(注1)Kotler, P., H. Kartajaya and I. Setiawan(2010), Marketing 3.0: From Products to Customers to the Human Spirit, John Wiley & Sons(恩藏直人監訳、藤井清美訳(2010)『コトラーのマーケティング3.0』朝日新聞出版)から引用。

(注2)調査の結果、三井グループのソートの認知者グループは、ソート非認知者グループに対して、ブランド好意度は1%水準で有意差、また推奨意向、一流評価でも5%水準で有意差が得られた。調査方法:インターネットモニター調査(マクロミル社、n数男女20-69歳1035)、調査時期:2014年11月)

(注3)Scott(2009),The New Rules of Marketing & PR,Wiley;(神原 弥奈子監修、平田 大治訳(2009)『マーケティングとPRの実践ネット戦略』日経BP社から引用。2013年6月の英語版で第4版が出版されている。

井上 一郎(いのうえ・いちろう)

アサツーディ・ケイ ストラテジック・プランニング本部/商材開発室長/ADK SOCiAL DESiGNiNG 所長 井上一郎

1989年旭通信社(現ADK)入社。新聞局などを経て2006年第2クロスメディア局長。13年から現職。日本広告学会理事など。SPIKES ASIA 2011 メディア部門銅賞受賞。『R3コミュニケーション』(共著)など。