「セレンディピティー消費」

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インターネットの発達により、物事についての様々な情報が容易に手に入り、その内容や結果がほぼ予測できてしまう。そんな時代に、あえて「予測できない出会い」を求め、楽しむ生活者たちの消費行動を指す言葉である。

 昨今は、映画もレストランも旅行先も、調べようと思えばいくらでも事前に情報が手に入るようになった。それはいうまでもなく、インターネットの力によるところが大きい。レビュー記事やネタバレ記事、体験・感想のSNS投稿は日に日に増え続ける。それらの情報を頭の中でつなぎ合わせれば、体験する前にすでに、その映画を見た気になったり、そのレストランで食べた気になったり、その旅行先に行った気になることだってできてしまうだろう。

 博報堂生活総合研究所の「生活定点」調査では、「インターネットによって、自分の生活が豊かになった」2000年12.9%→2016年36.3%、「情報は自分で検索しながら手に入れたい」1998年22.0%→2016年27.7%、「予定を立てない旅をしてみたい」1998年51.6%→2016年36.9%、とネット検索で情報を積極的に手に入れたいが、計画を立てたりせずに行動を起こすことに対しては消極的になっている生活者が増えている。

 事前に十分な情報を得て行動することは効率的だし、失敗のリスクも回避しやすい。しかし、万事結果が見えてしまうことばかりでは、予定調和でつまらなく感じるのではないだろうか。元来、人間は「結果が見えないことに対してドキドキ・ワクワクする心」や「偶然出会ったものに驚きや喜びを感じる心」を持ち合わせているのだ。そんな心の動きに従い、「予測できない出会い」を求めて楽しむ生活者の行動を表したキーワードが「セレンディピティー消費」だ。

 もともと「セレンディピティー(serendipity)」という言葉は、イギリスのウォールポールという作家による造語で、端的に言えば「偶然の出会いに気づき、楽しめる力」という意味になる。

 「セレンディピティー消費」の分かりやすい例は「福袋」だ。福袋を買うとき生活者は、普段より安価に購入できるお得感だけでなく、「普段の自分ならば選ばないかもしれない“未知の商品”と出会うことへのワクワク」も感じ、楽しんでいる。最近では、毎月ランダムに届く衣類をレンタルできるサービスや、行き先を指定できないかわりに、通常より少ないマイレージで航空券と交換できる大手航空会社のサービスなどが話題になった。これも「セレンディピティー消費」のマインドにうまく寄り添った例と言えるだろう。

 様々な商品やサービスで、生活者の「セレンディピティー」を求める心を刺激する余地がある。想定されるバリューチェーンのどこかに「ブラックボックス」の要素を入れ込むことで、生活者の未知へのワクワク感を誘発する。その際のポイントは「お得な金額設定」と「結果のバリエーション」だ。金額が通常とさほど変わらなければ、確かなものを求める気持ちを乗り越えにくいし、バリエーションが乏しい、ないし月並みなものばかりでは、ワクワク感は高まらない。

 「生活者のニーズは、モノからコトへ」と言われて久しいが、現在は「トキ」が注目されている。生活者の消費ニーズは、予測可能でありふれたコトやモノの体験では飽き足らず、再現性がなく一度きり、その場限りの体験に喜びを見いだすことに変化してきた。 いろいろな物事が予測できる時代だからこそ、商品・サービスを提供する側は「セレンディピティー」の視点から見つめ直し、「トキ」を求める生活者に訴えかけていく。そのようなアプローチが、今後さらに有効になっていくだろう。

三矢正浩(みつや・まさひろ)
三矢正浩氏

博報堂生活総合研究所・上席研究員

2005年博報堂入社。PRプランナーとして民間企業・官公庁等の広報戦略立案・施策実行を担当。09年より博報堂ブランドコンサルティングにて民間企業のブランド戦略立案やインナーブランディング業務に従事。11年にPRに復職した後、16年より現職。生活者の行動・意識・価値観の変化等を追う。