「遺伝的アルゴリズム(GA)」

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淘汰(とうた)、交叉(こうさ)、突然変異といった生物進化の過程にヒントを得て考案された代表的な最適化手法のひとつ。製造や金融、マーケティングなど幅広い分野で活用事例が増えている。ゲームや自律型ロボットの開発にも応用されている。

 AI(人工知能)、BI(ビジネスインテリジェンス)、MA(マーケティングオートメーション)、GA(Google Analytics)など、最近、会社内で耳にすることが多い英語2文字がある。しかし、情報工学の分野でGAと言えば遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm)を指すことが多い。

 1975年にミシガン大学のジョン・H・ホランドが提唱して以来、数多くの研究がなされてきたこの手法は、必ずしも最適ではないが満足できる解(※1)を、短時間で効率よく探索することで知られている。(※1)近似解または準最適解と呼ぶ

 手法の内容について簡単な例で説明する。(※2)

 まず、1~16の値を0と1で構成されるコードで表現する(表1)。続いて、コードの集合からいくつかのコードをランダムに選び、初期の個体(コード)集団を形成する(表2)。そしてある関数を使って各個体の適応度(※3)を算出すると、適応度が高い個体は生き残り、低い個体は消滅する。これが淘汰である。(表3)。

 その後、異なる遺伝子配列である2つの個体が交わることで新しい個体が生まれる現象のように、ある個体コードの並びの一部を別の個体コードと交換する交叉が行われる(表4)。

 突然変異とは、遺伝子の性質が突然変化するように、個体コードのある部分を強制的に置き換える操作のことである(表5)。

 この例では1~16という限定された範囲だが、実問題では極めて広大な範囲の値が解の候補となる。淘汰、交叉、突然変異の過程を繰り返して、生き残った個体の適応度が算出され、適切な解が導き出されていく。(※2)あくまで一例であり、実際は様々な算出方法がある
(※3)環境に適合する度合い

 1990年代後半から2000年代の前半にかけて、広告業界におけるメディアプランニング業務を支援するITツールの開発が盛んに進められた。限られた広告費で、多くの消費者にリーチする広告枠の組み合わせはどのようなものか。仮に10種類の枠があり、それぞれの枠に「出稿する・出稿しない」を条件とする組み合わせでも、その数は2の10乗=1024通りになる。実際のプランニングでは、対象となる広告枠の種類は数千種類にものぼり、さらには各枠への出稿回数といった条件も考慮するので、その組み合わせ数は膨大なものになる。長時間かけてベストな組み合わせを求めるのではなく、短時間でベターな組み合わせを見つけたい。遺伝的アルゴリズムはその目的にかなった手法と言える。実際、国内外で利用されているメディア・プランニング・ツールには、この手法を採用しているものが少なくない。

 研究の進展と計算機の性能が飛躍的に向上したことが相まって、様々な業界で遺伝的アルゴリズムをビジネスでの課題解決に用いる事例が増えている。2007年に登場した東海道新幹線のN700系。その先頭車両の形状を決めるにあたって、遺伝的アルゴリズムを用いたというニュースがあった。その他、金融業でのアルゴリズム取引、ニュースアプリでの文書内容の自動要約、不動産取引価格の決定、広告クリエーティブ要素の最適な組合せの決定など、多方面でこの手法が使われた例が報告されている。

 広告会社にとって、得意先のコミュニケーション活動のPDCA管理は重要な業務である。広告出稿の目的が視聴者数や認知度の獲得とは別にある場合も多い。目的が複数あればそれだけで計画立案が複雑になるが、その目的が互いにトレードオフの関係にあれば、さらに立案の難易度が高くなる。このような多目的最適化問題に適用するMOGA(多目的遺伝的アルゴリズム)の研究も進んでおり、その適用事例も多く見られる。近い将来、どんな複雑な出稿条件でも、ツールのボタンを一回クリックするだけで適切なプランニング案が表示される。そんな「ガラガラポン」のツールが実現したら、かえって困るのは広告会社の方かもしれない。

田口 仁(たぐち・まさし)
田口 仁氏

アサツー ディ・ケイ M&D事業統括本部 R&D局長

メーカー勤務を経て1999年アサツー ディ・ケイ入社。
主に研究開発部門に所属し、ブランディング手法の開発や、統計・機械学習手法を活用したマーケティングデータ解析などを担当。日本広告学会会員。日本消費者行動研究学会会員。2017年より現職。