マーケティングキーワード

「HAI(Human-Agent Interaction)」

ADKクリエイティブ・ワン SCHEMA コミュニケーションプランナー / テクノロジスト 小塚仁篤氏
Keyword

「人間」と「エージェント」との「インタラクション」に関する研究領域のこと。ここでいうエージェントとは、AIやロボットなど知能を持っているように振る舞う存在を指し、人間がエージェントと関わるときのやり取り・体験を最適化するための研究内容を指す。昨今では、AIやロボットなどのインターフェース設計、ユーザーとのコミュニケーション設計・体験設計などの文脈で用いられることが多い。

 「HAI」とは、AIやロボットなどの「エージェント」と「人間」との「インタラクション」に関する研究領域を指す用語だ。なぜこのHAIがいまマーケティング業界で注目されているのかというと、テクノロジーが急速に生活に浸透してきている現代では、テクノロジーを活用したサービスやプロダクトとユーザーとの「体験設計」そのものが、マーケティングやブランディングの要素として重要な意味を持ち始めているからだ。

 たとえば、機械が苦手な人が「スマホもパソコンも思い通りに動いてくれない」と言った場合には、コンピュータとのインタラクションに問題が発生している。あるいは、ロボット掃除機を使っていて「デスクで勉強していたのに邪魔された」「大切なメモが床に落ちて食べられた」「かわいいペットが追いかけ回された」などとなった場合は、ロボットのインタラクションに問題がある。これらの状況はつまり、エージェント(コンピュータやロボット)と人間との間のコミュニケーション設計・体験設計がうまくいっていないと言える。

 もしユーザーが上記のような体験をしたら、「このスマホは使えない」「このロボット掃除機は性能が悪い」などの悪評をネットやSNSに書き込むかもしれない。ECサイトのレビューに低評価をつける可能性もある。これは、マーケティングやブランディングの観点からは避けたい状況だ。ブランドロゴやパッケージをデザインしたりコピーや広告表現を開発して、さらにSNSでファンとの絆を深めても、肝心のユーザー体験が最悪だったらブランディングは失敗に終わってしまう。SNSが普及した現在では、それが広く拡散してしまうリスクもある。

 いまやマーケティングやブランディングは、従来の広告コミュニケーション領域だけでなく、ユーザーが多様な接点においてブランドの何をどう体験するかという「体験設計」まで含めて考える必要がある。実際に近年、広告会社だけでなくデザインファームやコンサルティングファームなどが、UXやCX(カスタマーエクスペリエンス)などの切り口で「ブランド体験設計」を扱うようになってきている。

 そしてテクノロジーが生活に浸透したことで、ブランド体験にテクノロジーが介在する場面が増えた。スマホやロボット掃除機だけではない。スマートスピーカーや音声アシスタント、IoT製品スマート家電、AIボットによるカスタマーサポート、ロボットによる接客や案内、電子決済や無人レジ、ドローン配送や自動運転車に至るまで、ユーザー接点のあらゆる場面に機械(エージェント)が登場する機会が増えた。このような時代においてマーケティング担当者は「HAI視点でのブランド体験設計」を求められるようになるだろう。

 HAI視点での体験設計のポイントのひとつは「期待値のコントロール」だ。たとえば商業施設の案内所にコミュニケーションロボットを設置すると「いろいろ話しかけても無意味な返答しか返せない駄目なロボット」と評価されてしまうことがある。この失敗の原因は、多様な質問に答えられないロボットの性能だけでなく、「いろいろ質問しても答えてくれそうだ」という期待値をユーザーに抱かせてしまう体験設計にある。たとえばJR東日本は駅構内でのPepperの運用を改善する中で「東京駅構内の商業施設「グランスタ」にある総合案内所、構内地図前に設置」したり「制服を着た視覚的な訴求」をすることで、「終了時の音声認識率は90%まで改善し、結果正答率も約30%から80%までに向上」(東日本旅客鉄道、2019)させたという事例があるようだ。ロボットの役割を「構内の案内」と限定することで、ユーザーは何を質問すべきか明確になり、ロボットもAIの回答精度を向上させやすくなる。もっとシンプルな話として、見た目がリアルなヒト型ロボットは期待値があがってしまい失望を招く可能性が高く、見た目が古臭いロボットだと期待値が低いためユーザー体験が向上するという経験則がある。このような期待値とユーザー体験の落差のことを「人間とエージェント間の適応ギャップ」(人工知能学会誌、2007)と言う。こうしたHAIの視点は、プロダクトのインターフェース設計や体験設計などにも応用することが可能だ。

適応ギャップ

出典:山田誠二,小松孝徳「人間とエージェント間の適応ギャップ」(2007)

 今後ユーザーのブランド体験にテクノロジーが浸透すればするほど、マーケティング担当者に「HAI視点」が必要になる機会が増えるだろう。筆者は昨年12月にイギリス・サウサンプトンで開かれた国際学会「HAI 2018」に視察で参加したのだが、プロの研究者に交じって大手広告会社やネット系広告会社など数社から視察団が来ており、注目度の高さを肌で感じることとなった。類似の研究分野としてコンピュータを扱うHCI(Human-Computer Interaction)やロボットを扱うHRI(Human-Robot Interaction)なども存在するが、これらも含めて「HAI視点の体験設計」は今後より重要度が増すと想定される。


小塚仁篤(こづか・よしひろ)
小塚仁篤氏

ADKクリエイティブ・ワン SCHEMA コミュニケーションプランナー/テクノロジスト

2009年ADK入社。デジタル領域の企画開発を経て、2013年よりプランナー・テクノロジスト。統合型コミュニケーションをはじめ、AR・IoT・AI・ロボットなどのテクノロジーを活用したプロダクト開発・サービス開発などを手がける。

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