「AISASからALSASへ」

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ALSASは、これまで唱えられてきた生活者の心理・行動プロセスを説明するAIDMAやAISASに次ぐモデルで、「ALgorithm:アルゴリズム」→「Sympathy:共感」→「Action:行動」→「Share:共有」を意味する。生活者がAI(人工知能)によって最適な情報と出合うありかたを指している。

AIDMA、AISAS、そしてALSASへ

 広告マーケティングの領域では、生活者の心理・行動プロセスについてのモデル化が盛んに議論されてきた。1920年代に提唱されたAIDMAと、2004年に提唱されたAISASが最もよく知られたものである。

 これらに続いて、最近提唱されているのがALSASである。ALSASは、ALgorithm:アルゴリズム」→「Sympathy:共感」→「Action:行動」→「Share:共有」の頭文字を取ったものだ。重要なのは冒頭のALで、これはSNSなどの場でユーザーごとに適した情報を差配する仕組みが、多くの生活者の重要なコンタクトポイントの座を占めるようになったことを指している。

 それを考える重要なヒントを提供してくれるものとして、いま若者を中心に広範な影響力を獲得しているソーシャルメディア・TikTokにまずは注目してみよう。

TikTokは「おすすめ」ファースト

 モバイル向けショートビデオアプリTikTokは、世界累計ダウンロード数が20億を超えた。2019~20年には世界・日本ともにダウンロードランキング1位となったことでも知られる。日本国内のMAU(Monthly Active Users)は950万人で、世界全体でみると約10億人といわれる。なお、ユーザー10億人に到達したスピードはSNSとしては歴史上最速である。

 なぜユーザーに受け入れられるのか?という解説だけでもひとつの記事が書けるほどだが、ここではその最も代表的な要因であるレコメンドアルゴリズムに議論を絞ろう。TikTok内で「おすすめ」されるコンテンツの精度が高く、ユーザーもコンテンツマッチングの仕組みを信頼している。それゆえ投稿数が伸びていき、UGC(User Generated Content)がさらに流通していくのだ。

 実際に筆者が行った調査でも、TikTokの見方は、下図のように「タイムライン(自分がフォローしたアカウントの発信を見ることができる)」よりも「おすすめ」の方が閲覧時間が長いという結果が出た。これは他のSNSがタイムラインや検索を重視する結果と対比をなしている。

【 図表1 】

 TikTokはショートビデオコンテンツゆえに制作のハードルが低い。また、コンテンツが面白ければ「おすすめ」に載ることを通じて、フォロワーが少なくても拡散できる。企業・ブランドが参入しやすい性質を持っていると言える。

AI時代の中動態の価値

 現代では、このような「おすすめ」とそれをもたらすアルゴリズムが、サービスの競争力の源泉になっている。では、それは私たちの情報接触のありかたをどう変えるのだろうか。

 AIDMAは受動的な情報接触(生活者は受動態=情報を受け取る)、AISASは能動的な情報接触(生活者は能動態=情報を探す)であるのに対して、ALSASは中動的な情報接触(生活者は中動態=情報プロセスの中に組み込まれる)と描き分けられる。すなわち、ALSASは個々人の行動履歴やそこにあらわれる趣向性を利活用した仕組みと考えられるのだ。

【 図表2 】

 哲学者・國分功一郎氏(現在は、東京大学大学院総合文化研究科准教授)による『中動態の世界』(2017年、医学書院)では、私たちは一般的に能動態vs.受動態という対比で捉えているが、実は受動態は中動態から派生してきたに過ぎないと指摘している。能動態と受動態は、行為と行為する主体そのものを切り離せるようなありかたを指すが、それに対して中動態は、行為する主体がその行為の過程に含まれるような形式を指している。

 この考え方からすると、私たちの行動履歴がAIにとっての学習データとなり、それが「おすすめ」として戻ってくるという再帰的な情報との出合い方を指し示すには、中動態という術語を活用するのが最も適していることが分かる。そして、國分氏によれば、中動態には「主体-選択-責任」図式を中和するという現代的な意義がある。私たちは、自分の能動か誰かからの受動のみで構成される世界を生きているわけではないし、その見方は人間の意志なるものを狭く捉えすぎてしまっているという弊害をもたらす。

 AISAS以降さまざまな情報行動モデルが提唱されてきたが、確実に定着したと言いうるものがないのは、結局のところ「そういう場合もあるし、そうでない場合もある」としか言えないものが多いためではないだろうか。我々は背後に分類のための理論を構えておく必要があり、それこそが能動的と受動的、そして中動的という区別なのだと筆者は考えている。

天野 彬(あまの・あきら)
天野 彬氏

電通メディアイノベーションラボ 主任研究員

1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。 若年層の消費行動やSNSの動向に関するリサーチ/執筆/コンサルティングが専門分野。近著に『ビジネスはスマホの中にある―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)等。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。