「ソーシャルコマース」

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ソーシャルコマースはSNSなどに代表されるソーシャルメディア上で、商品を購入・販売することを指す。「新しい売り場のチャネル」にとどまらず、従来型のコマースにはない利便性やセレンディピティといった価値をもたらす顧客体験を意味する。

なぜいまソーシャルコマースなのか?

 ソーシャルコマースは、ソーシャルメディア上で商品・サービスを購入・販売することを指すが、平たくいえば、FacebookやInstagram、LINE、TikTok…等々のユーザー同士のコミュニケーションの場でそのまま買い物が完結するといったことを意味する。これまでのEコマースに社会的なインタラクションの要素を加えることで、フィード上で目に留まったもの、あるいは他の人がおすすめしているものがすぐに購入できるなど、利便性や価値が高まったかたちでの買い物体験が実現される。

 どちらかといえば、Eコマースが自分の欲しいものを定めたうえで購入する場であるのに対して、ソーシャルコマースは出合いから興味関心を抱き、そして購入にいたるケースが多い。すなわち、発見型の買い物である。セレンディピティを提供するという意味では、ソーシャルコマースはまさに広告コミュニケーションの領域の範疇にあると言えるだろう。

 ただし、このソーシャルコマースという概念自体は決して新しいものというわけでもない。これまでにも提唱され続けてきたが、いまいちど注目するべきタイミングだと筆者が考えるのは、以下のような理由による。

  1. 単一のサービスでなく、さまざまなサービスでそれが可能になって広がってきていること。特定のサービスが喧伝するムーブメントではなく、業界全体が受け皿になったトレンドとなっていること。
  2. 2010年代後半にはほぼスマートフォンの普及率がサチュレーション(飽和)したこと。さらにコロナ禍を経て、もともと上昇していたEC化率に弾みがついたこと。そしてソーシャルメディアの活用も若者だけでなくさまざまな世代に広がってきていること。またSNSを見て情報を集め、購買行動に結びつくことが常態になっていること。筆者はそれを「ググるからタグるへ」――著書『シェアしたがる心理』(2017年)を参照――と表現している。
  3. 既存ブランドのソーシャルコマース対応に加えて、インフルエンサーマーケティングやD2Cなど、若年層を中心にオンライン上で支持を集める新興ブランドが増えていること。

全体設計を描くことが重要

 ただし、ソーシャルコマースが勢いを強めているのでソーシャルコマースを活用しましょうという手段ありきの発想は勧められない。また、ソーシャルコマースだから、SNS運用を頑張ろう!――というミクロな場所から考えるのもあまりよろしくないだろう。

 まずは店舗とオンラインとの役割の整理。それを踏まえた、EC サイトでの顧客接点や経験価値向上のためのデザイン。そのうえで、顧客との関係性強化のためのパーソナライゼーション手法の適用や、ソーシャルメディアを活用したソーシャルコマースの展開について考えるべきである。

 つまり、CX(カスタマーエクスペリエンス)戦略から購買促進、CRMコミュニケーションに至るまでの全体設計を描くことが重要で、その中でソーシャルコマースは自社・自ブランドの課題解決のためにどう位置づけうるのか、そこでのKGI/KPIはどうなるのかを策定しなければ、有効な実施策には至らない。

 ソーシャルコマースと一口で言っても、上記のような既存のSNSプラットフォーム上で完結するものから、共同購入型(一緒に買うと安くなる)から招待制・会員制型にいたるまで、さまざまなタイプがある。その選定を行ううえでも、自社・自ブランドの課題とCX戦略とのすり合わせが欠かせないのだ。

「人」起点の買い物体験へ

 ソーシャルコマースの特性とは、畢竟(ひっきょう)「人」起点の買い物体験により近づいていくということなのではないか。

 目新しい事例をひとつ挙げると、アメリカの「Basic.Space」というサービスは、いま増えつつあるキュレーション型のマーケットプレイスとして注目を集めている。商品を選定するキュレーターを厳選しているところに独自性があり、ヴァージル・アブローや大坂なおみ、スティーブ・アオキなど各界のセレブリティが名を連ねている。大坂なおみは姉の大坂まりとともにデザインしたマスクをチャリティープロジェクトとして販売し、売り上げはユニセフの新型コロナ救援活動に寄付した。Off-WhiteやLouis Vuittonメンズを手掛けるヴァージル・アブローは、スイスのデザインブランド「ヴィトラ(VITRA)」とコラボレーションしたオリジナル家具ラインを販売して話題を集めた。

 ソーシャルの本質は、「人」への信頼とそのつながりである。サービスの場は多種多様だが、そうした基本方針は今後も不変のはずだ。そして他者が介在するからこそ、前述のようなセレンディピティあふれる「発見型の買い物」に近づくわけだ。

 したがって、ソーシャルコマースを「売り場のチャネルを増やす」といった短絡的な話にしてはならない。ファンや生活者のUGC(User-Generated-Content/感想や反響)を重視すること、ブランドと協業するインフルエンサーの想いやセンスを生かすこと、新規顧客の獲得だけでなく既存顧客との関係性強化を重視すること――そして、これらを満たす顧客体験設計がマーケティング施策の基調になっていること。それこそが、ソーシャルコマースの本質なのである。

天野 彬(あまの・あきら)
天野 彬氏

電通メディアイノベーションラボ 主任研究員

1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。 若年層の消費行動やSNSの動向に関するリサーチ/執筆/コンサルティングが専門分野。近著に『ビジネスはスマホの中にある―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)等。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。