「アートシンキング」

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最近、ビジネスの現場で関心が高まっている「アートシンキング」。その名の下に様々な活動が存在し、定義付けることは非常に難しいが、あえて一言で表すなら「アートが発する問いに応えること」となろうか。今回は日本社会にアートシンキングを広める活動を進めている筆者が、現在携わっているプロジェクトの紹介を踏まえて、アートシンキングを紐解いていきたい。

様々なアートシンキング

 アートシンキングは、大きく3つの文脈で語られることが多い。

 まず、「ビジネスパーソンの基礎教養としてのアートシンキング」である。多様な価値観が存在する現代において、時代の問題意識・文化・思想が色濃く反映されるアートを理解することは重要であるという文脈である。
 二つ目に、「アントレプレナーとアーティストの共通性」だ。クリエイティビティを発揮してビジネスを生む過程において、常識を覆すアートシンキングが起業家の資質として求められるというものだ。
 最後は、「アーティストのように思考する」。デザインシンキングを批判的に見た立場から生まれた視点で、解決志向ではなく問い志向であり、コンセプトを追求する現代アートの立ち位置に近いものである、という説である。

 アウトプットも作品づくりから方法論まで様々であり、まだまだ現在進行形の分野である。そして、アーティストの思考を一介のビジネスパーソンがトレースできるものではないという批判的な立場の人々も出てきている。

実践しているアートシンキング

 筆者がプロデューサーとして関わるアルスエレクトロニカ(オーストリア・リンツ市に拠点を置く世界的なクリエイティブ機関)と博報堂のアートシンキングプロジェクトは、アートシンキングをデザインシンキング※と相互補完的なものと考え、扱うアートは主にメディアアートである。アーティストと協働してプロジェクトを創ることを主軸に置いており、上記の整理とはまた違う姿勢を取っている。

アートシンキングとデザインシンキング※「アートシンキング」と「デザインシンキング」の考え方の違いを示した概念図。
デザインシンキング(右側)は、デザイナーの思考を取り入れクリエイティブな課題解決を図る手法。
一方アートシンキング(左側)は、アーティストの思考を取り入れ「異分野の探求」からチャンスを発見する手法で、
アートが提示する問題意識・未来社会像を通じて真の課題を発見するプロセス。

 2014年以降の両者の共同による実践の過程で生まれたイノベーションに向けた「アートの意義」の解説から、俯瞰的な視点でアートシンキングを捉えてみたい。

 情報過多になっている今は、欲望を喚起させる広告コミュニケーションは生活者に支持されにくい時代である。これからのブランドは、付加価値をつくり出して差異を競い、人々の欲望を喚起するものではなく、本質価値を生み出して共感を獲得し、人々の自発的な参加を促すものへとシフトする必要がある。それは企業と社会の対話であり、その対話を促す「問い」を導出する場、生み出したその「問い」に紐づく企業活動が必要とされる。
 例えば、バンダイナムコ研究所と実践した例は、IP(Intellectual Property:知的財産)の再定義によるコンセプト開発とコミュニケーション活動だ。「遊びの持つ力」というテーマに関連する多数のアート作品を体験しながら議論し、組織として重視すべき創造的な問いを導き出した。そして、その問いに自ら応えるような「遊びの本質」を具現化するプロトタイプを制作し、アルスエレクトロニカ・フェスティバル(※1)など国内外の場で展示され、人々に体験され、その場で得られる反応が次ステップの研究開発に活(い)かされている。この一連のプロジェクトをバンダイナムコ研究所は「FUNGUAGE」(FUNとLANGUAGEの造語)と名づけ、社会に「遊び」を実装するデザインコンセプトとして位置づけている。

「FUNGUAGE」アルスエレクトロニカ・フェスティバルで展示された「FUNGUAGE」

 以下は、その企業活動を支援する視点「イノベーションに向けたアート(※2)の意義」である。

※1 オーストリアのリンツで開催されるメディアアートの世界的祭典
※2 ここでの「アート」は、テクノロジーと社会の境界領域を扱うメディアアートとして言及する。

  • アートはジャーナリズムである」…今起きていることを知るためのアート。社会が抱く様々な問題を、思いもしなかった方法で提示し、我々に待ち受ける可能性やオルタナティブな社会像を示す。その異分野から新たな気付きを得て、自社の可能性を模索する。
  • アートはコンパスである」…アートが示唆する現在・未来の可能性へ、どう応えるかを議論する。企業が歩んできた軌跡を辿り、どこへ赴くべきか、アートから刺激を受けながら自ら方向を創り出す。
  • アートはカタリスト(触媒)である」…アートに触発され、企業として立てる問いは、社内でその問いに応えるための活動の議論を生む。また、その問いを社会へと広く投げかけることで、生活者との対話を促し持続的な関係を構築する。

 実際にプロジェクトを実施している立場として、アートシンキングは、正解が示される方法論ではなく、アートを通して社会を見つめる態度である、ということを強調しておきたい。
 冒頭に示した「アートが発する問いに応える」という視点でアートシンキングを眺めると、アートと企業という関係に限らず、異分野の人々が対話する場を生み出す活動として捉えることもできる。アートシンキングはまだ発展途上ではあるが、新しい文化形成の兆しとして様々な領域で試行され続けている、可能性にあふれた分野であると言えるのではないだろうか。

<参考文献・引用文献>
田中れな(たなか・れな)

博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 イノベーションプロデューサー

田中れな氏

2007年博報堂入社。世界的な文化機関・アルスエレクトロニカとの共同プロジェクトを推進し、課題発見のアクションプラン開発、未来を構想するプログラム制作など企業のイノベーション支援プログラムを多数提供。21年度から創発プラットフォーム「アートシンキングスクール」を運営し、日本社会にアートシンキングをインストールする活動を実施している。