「フェムテック」

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女性(Female)とテクノロジー(Technology)をかけあわせた造語。主に女性特有の健康課題などをテクノロジーを活用することで可視化・解決するプロダクトやサービスを指す。テクノロジーの飛躍的な進歩と、女性にまつわる社会課題への関心の高まりを背景に近年注目が集まっている。女性のウェルネス、月経や妊活、妊娠・産後、更年期、メンタルヘルスなど幅広い分野での社会実装が期待されている。

テクノロジーで女性特有の健康課題を解決

 フェムテック(FemTech)とはフィメール・テクノロジーの略で、女性(Female)とテクノロジー(Technology)をかけ合わせた造語。主に女性特有の心身の健康課題を解決するために、テクノロジーを活用したプロダクトやサービスなどのイノベーションのことを指す。広義には、テクノロジーにとらわれず、ウィメンズヘルスやウェルビーイングなどとともに女性の健康の向上を目指す業界カテゴリーを示す場合もある。デジタルやテクノロジーを含まないプロダクトやサービスを「フェムケア」と呼ぶこともあるようだ。
 フェムテックという言葉は、ドイツ人女性起業家のアイダ・ティン(Ida Tin)氏が2012年に生理予測アプリ「Clue」の創業にあたって投資家向けに編み出した言葉と言われており、2013年ごろから徐々に使われだした比較的新しい言葉だ。その後「Clue」は190ヵ国以上の約11億人が使用するアプリまで成長しており、この分野が注目される端緒となった。日本市場では、フェムテックという言葉が登場する以前の2000年11月に携帯電話(フィーチャーフォン)向けにローンチした生理予測・妊活サポートアプリ「ルナルナ」がフェムテック領域の先駆けと言われている。

Ida Tin氏▲2012年創業の生理予測アプリ「Clue」創業者のアイダ・ティン氏が、フェムテックという言葉を編み出したと言われる。   (出典:Getty Images)

 フェムテックが盛り上がっている背景には、女性の社会進出や女性起業家の増加などに伴い、男女の機会均等やジェンダー格差の解消、ダイバーシティの促進などの「考え方」だけでなく、女性が社会の中で困っているさまざまな課題を解決する具体的な「ソリューション」が求められているという背景がある。またテクノロジー分野では最近まで、女性特有の課題へのソリューションの提供が少なかったという事情もあり、健康にまつわる課題を解決するヘルステック(HealthTech)とは区別して、フェムテックと呼ぶ場合が多い。アプリやIoTの普及にもかかわらず、そうした課題を公に取り扱うことを躊躇(ちゅうちょ)する風潮が、イノベーションの足かせとなってきた側面もあるようだ。

タブー視されがちだった女性特有の課題を、テクノロジーを活用して可視化・解決する

 大きな視点で見ると、フェムテックの源流は1960年代までさかのぼることができる。この時代はアメリカではピル黎明期で、女性活動家のマーガレット・サンガーなどの啓発により、アメリカ食品医薬品局(FDA)によって経口避妊薬が承認された時代だ。また日本では1961年に国産の生理用ナプキンが開発されており、女性が自分たちの健康課題を解決する手段を手に入れ、女性の社会進出への模索がはじまった時代でもある。
 しかしそれ以降はテクノロジーの発展にもかかわらず、女性特有の問題に大きなイノベーションは少なかったと言われる。たとえば医師向けの教科書などに記載された月経周期や妊娠などの情報は1960年代のデータを元にした記載が大半だったそうだ。この状況を改善するため「ルナルナ」のビッグデータを活用した月経周期の大規模調査が行われたが、その結果が発表されたのは2020年1月とごく最近のことだ。これまでの長い期間、女性特有の問題に対する研究開発がなおざりにされたり、タブー視されてきたりした社会状況がうかがえる。
 現在でもそのような風潮は残っているようだ。例えば2019年の米・家電見本市CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)では、女性起業家ローラ・ハドック氏が創業したローラ・ディカルロ社の女性用セルフプレジャーグッズ「Ose」の、ロボティクス部門イノベーション賞受賞と出展が決まっていた。しかし、突如CES側が「非道徳的」なことを理由に受賞を撤回して出展を拒否したことで、大きな議論が巻き起こった。最終的にCES側は改めて受賞を認め、2020年にはセクシャルウェルネス分野の出展と賞エントリーを認める方針が発表された。ちなみにローラ・ディカルロ社はその後女性の支持を拡大し、2020年にはビジョンに共感したモデル・女優のカーラ・デルヴィーニュ氏が共同経営者に就任している。

Lora DiCarlo▲CES2019で一度受賞を撤回された「Ose」を開発するローラ・ディカルロ社は、2020年にカーラ・デルヴィーニュ氏を共同経営者に迎えた。
(出典:Lora DiCarlo)

吸水ショーツから卵子凍結スタートアップまで、多岐にわたるフェムテックサービス

 フェムテックに分類されるプロダクト・サービスは多くの領域に広がっている。ざっと市場を眺めるだけでも、月経(生理管理アプリ、月経カップ、吸水ショーツなど)、ウェルネス・婦人科系疾患(デリケートゾーンケア商品、女性特有のがん検査キットなど)、不妊・妊活(生理管理アプリ、不妊検査キットなど)、妊娠・産後ケア(陣痛トラッカー、膣(ちつ)トレ製品など)、メンタルヘルス(メディテーションアプリ、漢方・サプリメントなど)、セクシュアルウェルネス(セルフプレジャー製品、性交痛軽減製品など)、更年期ケア(漢方・サプリメント、オンライン相談サービスなど)まで、女性の心身の健康に関する領域の大半を網羅している。各カテゴリーに多くの製品・サービスが登場しており、米調査会社CBインサイトによると、世界のフェムテック市場は2025年には500億ドルまで拡大すると見込まれている。
 たとえば2014年にマリア・モランド氏がニューヨークで創業した「THINX」は、ナプキンやタンポンを必要としない生理用ショーツを展開している。同社は洗濯を繰り返しても効果が落ちにくいという独自の生理用ショーツ(タンポン2本分の効果)に加えて、ミッションとして「For People with Periods」を掲げ、女性に限らずトランスジェンダーにも考慮されたブランド展開を行うことで、急速に支持を拡大した。生理中の煩わしさや理不尽な制約から女性たちを解放するという理念に基づき6,000万枚以上のショーツを途上国の女性たちに寄付したり、生産拠点のスリランカで女性を積極採用したりしている。またこれらの活動が、年間120億個とも言われる生理用品の廃棄を減らして、環境負荷を減らす活動にもつながりつつあるようだ。

「THINX」▲生理用ショーツ「THINX」はNYC地下鉄で展開したグラフィック広告など象徴的なブランディング施策でも知られる。  (出典:THINX)

 フェムテックとしてはユニークな視点の事例もある。不妊治療サービスを提供する「Dadi」は、精子を採取して郵送することで精子量や濃度が検査されたリポートを受け取れる。また、生殖機能を残したまま精子を長期保存できるサービスも展開しており、年齢を問わず女性が妊娠できるようになる手段を提供している。Dadi社のサービス自体は男性向けだが、WHOの調査によれば不妊の41%が女性、24%が男性、24%が男女ともに原因があるとされており、女性の不妊・妊活の課題を解決するという意味でフェムテックに分類できる。このような男性特有の健康課題については「メイルテック(MaleTech)」と呼び、フェムテックと区別する場合もある。ちなみに女性向けには、不妊治療や卵子凍結サービスを提供するニューヨーク発の「Kindbody」などのサービスも数多く登場しており、いずれも出産適齢期に過度に縛られずに女性がキャリアを形成する一助になっているようだ。

盛り上がるフェムテックを社会実装していくためのマーケティング活動の重要性

 さまざまなプロダクトやサービスの登場で盛り上がるフェムテック市場だが、先述の通りフェムテック関連の話題はまだまだタブー視されることが多いのもまた実情のようだ。ちなみに筆者は男性であるが、女性が日常的に生理や妊活などの話題を口にするのが憚(はばか)られるようなシーンは少なくないように見受けられるし、フェムテック関連のスタートアップが資金調達に苦労する(投資家には中高年の男性が多い傾向がある)ような話も漏れ聞こえてくる。このような現状を越えてフェムテックを社会実装していくために、今後さらにマーケティングやブランディング領域での活動が重要になっていくだろう。

<参考文献・引用文献>
小塚仁篤(こづか・よしひろ)

ADKクリエイティブ・ワン/SCHEMA クリエイティブ・ディレクター/クリエイティブ・テクノロジスト

小塚仁篤氏

2009年ADK入社。デジタルやテクノロジー分野での経験を武器に、未来志向のクリエイティブ開発を得意とする。最近の仕事に、障害者の社会参画をテーマにした「分身ロボットカフェDAWN」、ブラックホール理論が導く”役に立たない未来のプロトタイプ"を空想した「Black Hole Recorder」など。D&AD、SPIKES ASIA、ADFEST、ACC、メディア芸術祭、ほか受賞歴多数。クリエイター・オブ・ザ・イヤー2020メダリスト。