「ボディポジティブ」

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ボディポジティブとは、ありのままの身体(ボディ)を前向き(ポジティブ)に愛そうというムーブメントのこと。たとえば「痩せたスタイルほど美しい」といったような特定の価値観に縛られずに、プラスサイズなどのあらゆる体型の多様性を肯定しようという近年の動きを指す。自分の体型を受け入れるだけでなく、自分の身体にあった理想的な体型を目指す「ボディニュートラル」などの考え方も登場している。

ボディポジティブとは自分の「ありのままの身体」を受け入れる考え方

 ボディポジティブとは、自分のありのままの身体を受け入れることを目指すムーブメントのことだ。太っている痩せているなどの体型やスタイルに関わらず、誰もがポジティブなボディイメージを持とうという考え方で、欧米を中心に2010年頃からSNSなどで広がった。たとえば「痩せたスタイルほど美しい」などの非現実的な美しさ基準から自由になり「プラスサイズ」などのあらゆる体型を肯定するスタンスである。当初は体型やスタイルの話題が中心だったが、現在ではあらゆる身体的特徴や障害、人種や年齢、ジェンダーの多様性なども含めて自分の身体や外見を肯定する概念に広がりをみせている。
 この背景には、主に女性がその体型や見た目について、特定の「美しさの基準」で世間の目にさらされ評価されてきた経緯がある。ボディポジティブの反対語「ボディシェイミング」は、体型や見た目を理由に人を侮辱することを指す言葉だ。多くのセレブリティが表舞台に出るたびに太り過ぎ、痩せすぎといったボディシェイミングに苦しめられてきたという。またテレビや雑誌に痩せたスタイルの人ばかりが登場したり、ファッションやコスメの広告にスリムな体型を推奨するような表現が多用されたりすることで、「痩せたスタイルほど美しい」などの価値観が広く世間に流通してきた。その結果、若い女性が過度なダイエットをしたり摂食障害などに陥ったりするなどの問題が起きてきた。このような中でボディポジティブという考え方が登場して、注目されるようになった。

▲2017年フランスで「痩せすぎモデル」を規制する法律が施行されたことを受けて、LVMHの役員アントワーヌ・アルノー氏が「モデルが健康であることは我々にとってとても重要」と表明した。(出典:Twitter)

 この動きのルーツは1960年代後半のアメリカで広がった、太っている体型の人への差別に抗議するファット・アクセプタンス運動(Fat Acceptance Movement)までさかのぼれるそうだ。2000年代初頭にはフランスのファッション業界を中心に「痩せすぎモデル」の論争も発生している。06年にモデルのアナ・カロリナ・レストンが痩せすぎによる腎臓疾患と感染症の併発で21歳で亡くなったことを受けて、07年にはフランス、イタリア、アメリカ、イギリスの4カ国による痩せすぎモデルの規制に関する協議が行われるなど、この問題への注目が高まった。フランスでは17年に痩せすぎモデルの活動を禁じる法律が施行されており、モデルの体型をレタッチ(画像修正)した広告グラフィックなどにその旨の記載が義務づけられた。

痩せすぎモデルからの脱却を目指す「プラスサイズ」中心のムーブメントへ

 現在のボディポジティブのムーブメントは、インスタグラムなどのSNSを中心に2010年代に欧米で広がったもので、12年ごろにマイノリティーの女性たちが「自分を愛そう」とSNSで発信した際のハッシュタグ「#BodyPositive」に端を発していると言われる。このムーブメントはSNSで活躍する「プラスサイズ」モデルなどを中心に広まっていき、21年11月現在インスタグラムには「#BoPo」(Body Positiveの略称)のハッシュタグ付きの写真が130万件以上投稿されている。
 この流れを受けて世界中でVERO MODA、SONCY、PINK CLOVE、UNIVERSAL STANDARDなどのプラスサイズのファッションブランドが次々に誕生した。またH&M、CHRISTOPHER KANE、DIANE VON FURSTENBERGなどの有名ブランドもサイズ展開を拡張するようになった。日本ではタレントの渡辺直美が14年にSサイズから6Lサイズまで展開するファッションブランドPUNYUSを立ち上げている。また彼女はGAP「ロゴ・リミックス・コレクション」のモデルにも起用されている。その際の英国版Vogueのインタビューでは、「私は今回、大きめサイズの女性を代表して選ばれたのだと思います。この動画を見たすべての人が、どんなサイズの人がどんな服を着たっていいんだ、と感じてもらえたらうれしいです」などのボディポジティブなメッセージを発信した。

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▲米国の下着ブランドAerieは、イクスラ・ローレンス、バービー・フェレイラ、フェリシア・ポーターなどのモデルをレタッチせずに広告に起用して話題になった。(出典:Aerie)

 このような流れは広告マーケティング業界でも広がっており、大きい体型のモデルや俳優が起用されることは珍しくなくなってきている。たとえば米国の下着ブランドAerieがモデルに起用したイスクラ・ローレンスは、「お尻のサイズが大きすぎる」という理由で過去にモデル事務所を解雇された経験があるという。2015年に広告グラフィックのレタッチをやめたAerieは、同年の売り上げが20%伸びた。ボディポジティブなメッセージが、美しさの基準に多様性をもたらし女性をエンパワーメントするだけでなく、ブランディングとして機能して売上につながった好例だ。

プラスサイズに限らずボディイメージの多様性を目指すトレンドへの発展

 痩せすぎモデルとの対比でプラスサイズを中心に語られることが多いボディポジティブだが、最近では痩せすぎ、太り過ぎなどの体型やスタイルの問題に留まらず、身体のパーツのサイズや形、傷、体毛などの身体的特徴など、⾒た⽬にまつわる多様性を相互に受け入れようという動きに広がりを見せている。また、それぞれの年齢や障害の有無、性⾃認や性表現などの価値観の多様性などを受け⼊れて、⼥らしさ、男らしさ、”普通”などの特定の価値観から⾃由になろうという動きや、内面の声に耳を傾けて自分らしい価値観を大切にしてボディイメージをポジティブに保つことの重要性を考え直す動きにまで発展している。
 歌手のビリー・アイリッシュは、ビッグシルエットで体型を出さないファッションがトレードマークとなっていたが、2021年英国版Vogueの表紙で披露したセクシーなコルセットドレス姿で大きな話題となった。あえて体型やスタイルを隠すことも、セクシーに装うことも本人の自由意思であり、肌を見せていても人間として敬意を表そうという趣旨のメッセージを彼女は発信している。それに先立つ17年には、レディ・ガガがスーパーボウルのハーフタイムショーに出演した際にSNSなどで「ぽっちゃりお腹」などの批判的なコメントが発生。彼女はインスタグラムに「私は自分の身体を誇りに思っているし、あなたにも自分の身体を誇りに思ってほしい」「あなたらしく、とにかく自分らしくいて。それが成功の秘訣」などと投稿して話題になった。

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▲ビリー・アイリッシュは、トレードマークとなっているビッグシルエットのファッションではなく、コルセットドレスを着飾ってVOGUEの表紙を飾った(出典:VOGUE)

 体型やスタイル、外見などの価値観をダイバーシティ化する流れは、企業にも広がりつつある。たとえばバービー人形のMattelは16年に「プチ(小柄の)」「トール(背が高い)」「カービー(曲線的、ぽっちゃり)」の3種類の体型のバービーを新たに発表した。「ファッショニスタ(Fashionista)」シリーズでは、4種類の体型、7種類の肌の色、22種類の瞳の色、24種類の髪型など豊富なバリエーションから、子どもたちがより親近感を持てるバービーを選べるようになった。また米シアトルの下着ブランドTomboyXは、サイズや性別に関係なくどんな人でも快適に過ごせる下着ブランドとして、Z世代を中心に支持されている。男性の視点を意識して体毛を処理したり、着心地の良くない下着で無理に「セクシー」に見せたりするのではなく、自分らしく快適で楽しく身につけられることが重視されている。
 女性向けカミソリメーカーBillieはカミソリの広告ではじめて体毛のある女性を登場させた「#ProjectBodyHair」キャンペーンを展開。女性は体毛を処理しなければいけないという固定観念に疑問を投げかけて話題になった。また英国のファッションブランドMissguidedは多様なスタイルのモデルを起用したり、「#KEEPONBEINGYOU」キャンペーンと銘打って、そばかす、アルビノ(白皮症)、宗教などの多様性を象徴したマネキンを発表したりするなどの活動で「常に自分らしい生き方を模索しよう」というメッセージを発信している。日本では下着ブランド「PEACH JOHN(ピーチジョン)」がSNSで一般募集したリアルサイズのモデルを起用して話題になった。また貝印が「ムダかどうかは自分で決める」というメッセージとともに腋毛を生やしたバーチャルモデルを広告ビジュアルに起用したキャンペーンを展開した事例もある。

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▲イギリスのファッションブランドMissguidedは、多様なモデルを起用したボディポジティブな広告グラフィックやキャンペーンを展開している。(出典:Missguided)

「自分らしさ」の多様性をエンパワーメントする姿勢が重要な時代へ

 「ボディポジティブ」ムーブメントは、体型や見た目などにまつわる「美しさの基準」が多様化して、誰もが自分らしさを大切にする時代の中でスタンダードな価値観となりつつある。最近では、自分のありのままの身体を受け入れるボディポジティブを発展させて、自分の身体にあった理想的な体型を目指す「ボディニュートラル」というキーワードも登場している。たとえば20年グラミー賞を3部門受賞した歌手のリゾは、ボディニュートラルを提唱しており「私にとって太っていることは普通なこと」「(私のことを批判する)その人たちにとってセクシーじゃないからといって、私は痩せようとは思わない」などの発言で話題になっている。このような価値観は、人種や性別などのダイバーシティ意識の高まりと並行して、誰もが「自分らしさ」の多様性を大切に生きられる社会を目指すキーワードとして注目が高まっている。企業のマーケティング活動や広告クリエーティブでも、ボディポジティブな視点で、多様化する自分らしさをエンパワーメントすることが、今後さらに重要になっていくだろう。

<参考文献・引用文献>
小塚仁篤(こづか・よしひろ)

ADKクリエイティブ・ワン/SCHEMA クリエイティブ・ディレクター/クリエイティブ・テクノロジスト


小塚仁篤氏

デジタルやテクノロジー分野での経験を武器に、未来志向のクリエイティブ開発やSFプロトタイピングを得意とする。
最近の仕事に、障害者の社会参画をテーマにした「分身ロボットカフェDAWN」、ブラックホール理論が導く役に立たない未来のプロトタイプ"を空想した「Black Hole Recorder」など。Cannes LionsD&ADSPIKES ASIAADFESTACC、メディア芸術祭、グッドデザイン賞ほか受賞歴多数。クリエイター・オブ・ザ・イヤー2020メダリスト。