企業が、顧客一人ひとりに対する理解により最適な関係性を築き、生涯にもたらしてくれる利益・価値(顧客生涯価値 Life Time Value)を最大化する、という経営概念。かつては主に既存顧客のみを対象としていたが、昨今は見込み顧客(Lead)も対象として定着。
CRM、カスタマー・リレーションシップ・マネジメント。その概念が言われ出してから、かれこれ20年もの月日が流れる。そもそも人によって解釈が異なることもあるこの概念は、ある種ブーム的に取り上げられた時代を経て、下火となった。ところが、今また取り上げられることが増えてきている。その取り上げられ方は、定着した概念、あるいは定着した手法となっており、激しい環境変化の中で革新を余儀なくされているマーケティング活動における重要な一領域として位置づけられている。 そうした事象に表れているように、あらゆる企業がマーケティングに取り組むにあたり、CRMの成否こそが今後のマーケティング活動の成否に直結すると考える。
ブームになりながら、下火になった原因について、「システム主導で、マーケティングの視点が欠如している」といった意見が多く聞かれた。結果が出なかった多くの場合、「顧客一人ひとりにとってのニーズ、価値」を捉えたコミュニケーションを実施することができなかった、ということであろう。「一人ひとり(あるいはセグメント別)に直接コンタクトし、結果を把握できる」仕組みを手に入れながら、それを生かすことができず、顧客や生活者に対するインサイト不足のために、その心や行動を動かすに至らなかったといえる。 さらにそれらの要因を掘り下げると、組織全体が「顧客を中心としたマーケティング変革ドライバーとしてのCRM」にコミットできていない、ということがあった。
そうした時代を経て、CRMは再び取り上げられ、いわば定着した概念、手法として位置づけられるに至っている。その主な要因をひもといてみる。
まず、人口の減少、市場の成熟化が鮮明となり、新たな需要の発掘が困難となってきたことから、相対的に見込客や既存顧客の重要性が高まり、CRM領域にリソースをより多く配分する必然性が生じた。次に、テクノロジーの急激な進化により、マーケティングの投資対効果の可視化が進んだ。また、生活者のあらゆる活動・行動のデータ化と、データがつながるIoT時代が到来したことにより、より詳細に個の把握が可能となり、かつ個々への情報出し分けのニーズが高まったという背景がある。 加えて、そのテクノロジーの進化が、コストの劇的な低下ももたらした。
さらに、従来はマーケティングの概念からやや遠い存在であったBtoB企業において、MA(マーケティング・オートメーション)の導入が進み、CRM市場に視線が集まった。「BtoBマーケティング」という新領域が誕生したことからも、CRMはマーケティングの範疇(はんちゅう)の広がりをもたらしたとも言えるだろう。顧客に対するアプローチ環境の変化という視点からも、キャンペーンを前提としたマーケティングだけでなく、オウンドメディアを中心に据えたALWAYS ON型のマーケティングもいわば必須となってきている中、絶対的、かつ継続的な信頼関係を顧客と築くことが求められるようになった。まさにCRMそのものが前提にすらなっている。
こうして見ると、いずれも外部要因に起因した変化である。CRMで高い効果を得るための舞台は整った。マーケティングのど真ん中で、いよいよCRMの真価が問われる時がやってきたといえる。
CRMはツールではない。その本質は、一人ひとりの顧客との長きにわたる関係性をマネジメントし、顧客の期待やニーズに応え、あるいはそれらを創造し、最大のマーケティング効果を得ることにある。顧客やマーケットへの洞察と同時に、「顧客を中心とした経営」の実現に向けて、組織全体でCRMにコミットすることが求められる。CRMは、個々へのキメ細やかな対応とスケールアウトとのバランスが問われるだけに、その最適解を見つけ出すためにも、様々な部署にまたがる組織全体としての取り組みが求められる。
今度こそ成功するCRMへ──。それは、日本が、人口減をはじめとした課題先進国として、そのマーケティング力を世界に示せるかどうかの試金石と位置付けるべき重要なテーマであると考える。
電通 マーケティングソリューション局 第5マーケティングディレクション室 室長 兼 CRMマーケティング部長
ブランド・クリエーション・センター、ストラテジック・プランニング局などで、自動車、金融、流通、通信、製薬、物流、自治体、などの事業開発、マーケティング戦略開発、ブランド戦略開発、CRM戦略開発などの業務に従事。2016年1月より、デジタルマーケティングセンター 局長補 兼 CRMマーケティング部長着任。
著書に「顧客起点経営実現のためのビジョン&コミュニケーション」(共著、日経BP)、訳書に「ケロッグ経営大学院ブランド実践講座」(共訳、ダイヤモンド社)などがある。