「ソーシャルグッド(Social Good)」とは直訳すれば、社会的に良いこと、社会に良い行為、ということになるだろう。
ソーシャルグッドがマーケティング・キーワードとして話題に上りはじめたのは2010~11年ごろと思われる。この時期は、コトラーら(2010)による「世界(社会)をよりよい場所にすること」を目的に掲げた「Marketing3.0」や、ポーター&クラマー(2011)による、経済価値と社会的価値を同時実現するコンセプトが提示された論文「Creating Sheared Value」が発表された時期にちょうど重なる。
IT系のニュースウェブサイトであるMashableが、国連財団などともに「Social Good Summit」と銘打ったカンファレンスを主催したのもまた2010年であるが、共催者である国連開発計画のウェブサイトによると、同サミットの目的は、「教育や貧困、公衆衛生、環境保全、防災対策などの社会的な課題の解決のために、世界中の著名人から市民までオンラインや生の会議で新しいメディアなどの活用策を議論するイベント」とある。つまり、社会を良くする手段としては、新しいテクノロジーやソーシャルメディアなどを使用した活用策に限定しているようだ。しかしながら、Social Goodの概念が、社会的に良いこと、社会に良い行為であるならば、ソーシャルメディアなど、その手段を限定するべきものではないはずである。
一方で、マーケティングコミュニケーションの実務においてソーシャルグッドなキャンペーンが増えたこと自体は、これら新しいテクノロジーやメディアの登場と無関係とはいえない。例えば、世界的なマーケティングコミュニケーションのコンクールであるカンヌライオンズの近年の受賞作には、ソーシャルグッドをテーマにした企画が増加しているが、その多くはソーシャルメディアやITを活用したものである。
フォルクスワーゲンがスウェーデンで2009年に実施し、2010年にサイバー部門のグランプリを受賞した企画「The Fun Theory」がいい例だ。「楽しさが人々の行動をより良いものに変える」というコンセプトのもとに立案された複数の体験型アウトドア企画であるが、それらの企画の評判を世界規模にまで広める役割を果たしたのは、ユーチューブをはじめとするソーシャルメディアであった。実際、中には2千万PVという脅威の視聴回数をもたらした動画もある。(注)
そして、昨年2013年のカンヌライオンズは、「ソーシャルグッドが審査テーマ」といって過言ではないほどソーシャルグッドな企画が受賞作に多かったが、受賞作の多くは、ソーシャルメディアや様々なITを活用したものであった。例えば、カンヌ史上初5部門でグランプリを獲得したメルボルン鉄道の企画「DUMB WAYS to DIE」。同社は、キモカワなアニメキャラたちが、鉄道の安全ルールを守らないことが、いかにバカバカしい死につながるかをシュールに訴求しながら歌い上げる動画を制作。ソーシャルメディア上で配信し大きな話題を獲得したが、同時にこれまで交通安全ルールに対して無頓着であった若者たちに、交通ルールを守ることをインターネット上で宣言させる仕組みも構築したのだ。同社のカンヌライオンズの審査用資料によると、事故件数を前年比21%と大幅に減らすことに成功したという。
あるいは、Open Happiness(ハッピーをあけよう、ハッピーをシェアしよう)をテーマに掲げるコカ・コーラがインドとパキスタンの間で60年にもわたり紛争によって分断が続いている状況に一石を投じた「Small World Machines(世界を小さくする自動販売機)」がある。
同社は、インドとパキスタンの両国のショッピングモールのような場所に、一台ずつインターネットによって接続されたカメラとスクリーンを取り付けた特殊な自販機を設置。インドとパキスタンの人たちが、そのスクリーンを通して互いに相手国の人々とジェスチャーやゲームなどで直接交流できるようにしたのだ。スクリーンには、「一緒に手を合わせなさい」、「一緒に踊りなさい」などの様々な指令が映し出され、双方がクリアすれば、双方の自販機から無料でコカ・コーラが出てくる仕組みだ。隣国でありながら、この特殊な自販機のおかげで初めて隣人と交流できた人も多かったのではないだろうか。これらの自販機は各一台ずつ設置されたに過ぎないが、両国の人々が楽しく交流する様子が動画に収められ、ユーチューブなどのソーシャルメディアを通して世界中に配信され、コカ・コーラのOpen Happinessを拡散するのに寄与したといえる。
また、シンガポールの携帯電話通信会社スターハブ社は、クラウドソーシングを使って視覚障害者とボランティアをつなげるスマートフォンアプリ「Third Eye」を開発。視覚障害者が目の前にあるものを撮影すると、事前に登録されたボランティア登録者にその写真が自動的に送られる。ボランティアは視覚障害者からの写真をみて、「今、視覚障害者の人の目の前に何があるか」をメールで返すだけ。返信されたメールは音声で読み上げられ、視覚障害者は瞬時に目の前に何があるかわかる仕組みだ。
もちろん、ソーシャルメディアやITを活用すればソーシャルグッドが成功するということではない。企業が行うソーシャルグッドな企画を成功させるためにはいくつかポイントがあるはずである。
例えば、企業の事業領域、ビジョンあるいはブランドイメージとソーシャルグッドの内容との関連性が挙げられるであろう。企業が行うソーシャルグッドは、善行であると同時に企業活動である。ポーター&クラマー(2011)は、社会課題の中にビジネスチャンスがあると述べているが、企業がそのソーシャルグッドを持続可能にするためには、自社にとっても何かしらのマーケティング上のインパクトを生み出さなければならないであろう。もちろん、そのインパクトに特効薬的な効果を期待するのか、あるいは中長期的に漢方薬的効果を期待するのかは、自社の戦略次第である。ただし、顧客をはじめとするステークホルダーからみて、その企業あるいはブランドが、なぜそのソーシャルグッドを実施するのか、納得や共感が得られないものは、それがどんなに素晴らしくても永続しないであろう。
「ステークホルダーとの協働」を探ることもまた忘れてはならない。企業には従業員、顧客、地域など様々なステークホルダーが存在するが、当該ソーシャルグッドにステークホルダーが可能な限り参加できる仕組みをつくることを検討すべきである。
社員が、その知識や技術を生かしてソーシャルグッドに参画することは、単に寄付をする以上に当該社会課題にインパクトをもたらすだけでなく、新たなビジネスチャンスの発見から評判形成まで、自社に対 してもより大きな還元をもたらす可能性が高い。
顧客も同様である。顧客がソーシャルグッドに参加したり、さらには協働したりすることは、納得感や共感を強めるだけでなく、企業やブランドに対するロイヤルティーを高め、さらには、他者への推奨や勧誘にまで発展する可能性を秘めている。
他にもいくつかの要因があるはずであり、それを探求すること自体もソーシャルグッドといえる。このような背景もあり、筆者も実行副委員長として参画している日本広告学会クリエーティブ・フォーラム(14年5月開催)のテーマは、「ソーシャルグッド~社会をよくする広告」が選定された。当日はソーシャルグッドでありながらビジネスにもグッドな広告コミュニケーションについて大いに議論されることを期待している。
昨年のカンヌライオンズ2013では、各賞発表の後、受賞作にソーシャルグッドな企画が多かったことから、逆に批判の声も上がったという。何事にも反動はあり、特に、広告賞のトレンドは毎年変わっていくものであろう。しかしながら、社会課題がなくならない以上、ソーシャルグッドな企画が生み出される流れだけは、決して止めるべきものではないと考えている。
注)The Fun Theory.com の企画の一つ、「Piano stairs」のユーチューブの再生回数は2千万回以上。