ゲーミフィケーション(gamification)とは、これまでゲームとは縁が薄かった商品・サービス等にゲーム的な要素や仕組みを新たに取り入れて、顧客のモチベーションやロイヤルティーを高めるマーケティング手法のことで、今にわかに注目され始めている。
例えば某自動車メーカーがハイブリッド車を対象に実施しているエコドライブ・ランキングが好例で、これは運転中の燃費状況を通信経由でアップロードし、燃費の良い走りをした人をランキング形式で表彰するもの。本来的にエコドライブは経済的メリットや社会貢献のためにやるものであるが、そこに他者と競うゲーム性を取り入れることで娯楽性も付加しているわけだ。
ちなみに、この単語は辞書にもまだ掲載されていない。米国のIT業界で生まれたホヤホヤの造語のようだが、ITの世界で急速に浸透しつつある注目キーワードである。
では、何故、ゲーム的要素を取り入れると、モチベーションやロイヤリティーが上がるのであろうか。
実はこの背景には、「人間は、関与度を深めた対象の価値を無意識に高く感じてしまう」という古典的な社会心理学のルールがある。卑近な例で言うと、誰だって自分で調理した食事はおいしく感じてしまうものでしょ?
また心理学の有名な実験で、すぐに結果が判明するタイプと生年月日データを元にちょっと面倒くさい計算をさせるタイプの2種類の性格判断を用意した場合、記述内容は一言一句同じでも、面倒な計算をさせられた方が「当たっている」と感じる比率が格段に高いというものもある。面倒な計算によって、性格判断に対する関与度が高まったからだ。
ただし、この関与性は程度の問題も肝要だ。「ちょっと面倒」な関与で済むなら価値向上に役立つのだが、「ものすごく面倒」ともなると敬遠されてしまう。面倒のさじ加減が難しい。
さて、ゲームに近い概念として「遊び」があるが、フランスの思想家・評論家のロジェ・カイヨワ(1913~1978)は希代の名著『遊びと人間』の中で、遊びを次の4タイプに分類している。
●アゴン(競争):競技、格闘、ランキング、褒賞 など
●アレア(偶然):くじ、じゃんけん、ルーレット、トランプ など
●ミミクリ(模倣):モノマネ、ままごと、お芝居 など
●イリンクス(めまい):メリーゴーラウンド、ジェットコースター など
特にアゴン(競争)、アレア(偶然)、ミミクリ(模倣)あたりはゲーミフィケーションの実現を考える上で、絶対に考慮すべき鉄則といっても過言ではく、事実、既にある大半のゲーミフィケーションでもコアコンセプトになっている。
また、ちょっと毛色が変わったところでは今大人気のAKB48も、ゲーミフィケーションの威力を巧みに取り入れた事例と解釈できよう。人気投票を経てメンバーを改編するシステムはまさしくファンを巻き込んだアゴン(競争)そのもの。そのことにより既成のアイドルのレベルをはるかに超えたファンロイヤルティーを自然と実現しているというわけだ。
ITビジネスで生まれたゲーミフィケーションというコンセプトだが、その効用はITだけに留まらない。このAKB48の例のように、既存ビジネスに取り入れて成熟化・陳腐化から脱する妙策としても注目していきたい。
最後に蛇足だが、カイヨワが使ったアゴン等の聞きなれない言葉はギリシャ語やラテン語だが、彼いわく、「あいまいな概念を包含したいときに、外来語は好都合」だそうな。
企画書や新設部署にカタカナ表現が多くなる深層心理がここにありそうだ(笑)。