「補完通貨」

 補完通貨を説明する前に、まず通貨とは何かを理解しておくと便利だろう。
古代、まだお金が存在しなかった時代に人々は物々交換で品物のやりとりをしていたが、交換したい品物が相互に合致する相手を見つけ、しかも品物同士の価値がつりあっていなければ成立しないので非常に非効率だった。そこで、誰でも交換できる共通の品物として生まれたのが「貨幣」であり、貨幣を媒介として「価値あるもの」の社会的循環が格段に容易になった。

 初期の貨幣は石や貝殻を利用した「自然貨幣」だったが、これでは貨幣に何の価値もないので、身内にしか通用しない。次に出てきたのが、米や布を貨幣として扱った「商品貨幣」で、これなら貨幣自体に価値はあるが、持ち運びに不便だし貨幣の寿命も有限。
そこで、最終的な貨幣の形態として「通貨」が発明された。通貨とは「流通貨幣」の略称で、国家等によって価値を保証されしかも携帯性に優れており、通貨が社会に定着して以来、基本的な経済スキームはたいして変わっていない。

 さて、誰かさんは「世の中でお金(=通貨)で買えないものはない。愛も買える」と豪語したが、それは本当だろうか? 別に道徳を説くつもりはない。例えば、今回の東日本大震災で多数のボランティア活動が行われているが、その大半は平常時であればいわゆる便利屋ビジネスが担うことであり、そこでは当然通貨のやり取りが発生する。

 でも現実に今行われているボランティア活動に、通貨は支払われていない。善意に基づく行為に通貨を支払うのは似つかわしくない、と一般的に思われているようだ。「お金で買えないものはない」かどうかは私には不明だが、少なくとも「お金との相性が悪いが、価値あるもの」は世の中に多数存在する。
しかし通貨がなくては社会的循環システムが機能しないので、物々交換的な非効率に逆戻りになってしまう。

 そこで今注目されているのが「補完通貨」だ。「お金との相性が悪いが、価値あるもの」の社会的循環を促すために、通常の通貨を「補完」するものを広く意味する。自治体が関与することが多いので「地域通貨」と呼ばれたり、またエコを主目的とする場合は「エコポイント」「エコマネー」と言われるが、これらは補完通貨の一種である。

 すでに欧米ではボランティア活動の活性化を企図して導入している地域が数多く存在する。日本でも介護等の相互扶助活動やエコ活動(ゴミたい肥化、買い物袋・容器持参など)の支援策として導入している地域があり、さらにはたまった補完通貨を使って地元商店街で買い物を促進する地域経済活性化への展開例もある。
また、全国の各種ボランティア団体では、家事援助などをした時間や点数をためておき、いずれ自分や家族がサービスを必要になったときに引き出して使うシステムを自主運営しているケースも多く、これらを総称して「ふれあい切符制度」と呼ぶが、これも立派な補完通貨である。

 高齢化が進む一方で、財政苦を背景に公的サービスの縮減が避けられない中で、ボランティア活動は今後ますます重要になるはずだが、ボランティアを善意に基づく無償行為といつまでも考えていては、必要な活動量を確保できまい。ボランティアを経済に、さらに言えばマーケティングの世界に巻き込み、持続可能な活動として定着させるために補完通貨は不可欠なコンセプトなのだ。

 ついでに言うと、通貨は使われてナンボ。通常通貨は金利がプラス側なので貯蓄されて必要な人に回らない恐れがあるが、だからこそ補完通貨ではマイナス金利を導入してどんどん使ってもらうべしという発想が根強くある。
ちなみに、デフレ解消の禁断の最終兵器もマイナス金利政策。日本社会が抱える複合課題を一挙に解決するアイデアとしても、補完通貨はなかなかにホットなのだ。