CRM(Customer Relationship Management)とは、実に広範なレベルで解釈される言葉のひとつであるが、今回、ここで言及する「CRM3.0」が指し示す「CRM」とは、「企業と既顧客との間で交わされるマーケティングコミュニケーションのあり方」という意味合いにフォーカスしたものである。
1990年代後半にマスマーケティングを凌駕(りょうが)するマーケティング手法として登場したCRMは、原則論としては世の中一般に大きな理解を得るに至ったが、実際のマーケティングの現場でその輪郭があきらかになることは少なかった。
CRMのトレンドの変遷をさかのぼっていくと、90年代後半の創成期においては、企業と顧客との間に交わされるコミュニケーションは、ダイレクトメールや電子メールを通じた一律同じ内容のものであり、企業視点で一方的に顧客へとメッセージが届けられた。こういった一斉同報型のコミュニケーションのかたちが「CRM1.0」の時代である。
その後、2000年代中盤に入ると、企業側は顧客の静的属性、「どの店で買ったどういう性別、年代の人か?」といった情報をもとに、顧客をセグメントしてコミュニケーションを最適化していった。この静的属性別コミュニケーションのかたちが「CRM2.0」の時代である。確かに「CRM2.0」は「CRM1.0」に比べて、適切な顧客セグメントを行ったことでそのコミュニケーション精度は飛躍的に高まったと言えるが、基本的にはマスマーケティングのターゲティング手法をCRMにも転用したにすぎず、企業視点での一方向的なコミュニケーションであるといった印象はぬぐえない。
「CRM」という言葉が世に広まったと時を同じくして、「One to One Marketing」という言葉も登場した。しかし、その実現に向けての課題は大きく、一昔前、「One to One Marketing」を真に実践していくには、「顧客情報の適正な把握」と「コミュニケーションコスト」に相当額の投資が必要となり、それを前提にしてもなお、企業側・顧客側双方で相当のコミットメントが必要とされた。
こういった状況を払拭(ふっしょく)したのが、デジタル化の進展や携帯電話の普及である。これにより、顧客の来店や購買、ウェブ上のアクセスやクリックといった行動情報を顧客単位で取得し、顧客個々の単位でコミュニケーションを最適化していくことが現実的なものになった。この顧客の行動に連動した「One to One Marketing」を体現する個のコミュニケーションのかたちこそが「CRM3.0」の時代である。デジタル技術やデジタルデバイスを駆使することで顧客情報の取得は簡易化され、継続化され、顧客別コミュニケーションを行うコストも大幅に削減可能な状況となり、本当の意味での顧客視点でのコミュニケーションが実現できるのである。
現状、eコマースのようなウェブで完結した世界では、こういった「CRM3.0」を実践している企業は多い。しかし、小売業態をはじめとするリアルの世界でこれを実践、もしくは実践するインフラを持った企業は非常に少ない。「いつどんな顧客がどこで何を買ったのか、もしくは買わなかったのか」といったリアルでの購買情報をもとにして顧客それぞれへのコミュニケーションを最適化していけば、顧客との関係性はより一層深まり、現在のような厳しい市況の中でも、企業の継続的な発展に大きく寄与していくことと思われる。一般に小売業態において行われている「店舗単位での事業管理」から、さらに「顧客(個客)単位での事業管理」を実現するのがCRM3.0であるとも言える。
2010年5月に博報堂が、CRMリーディングカンパニーであるシナジーマーケティング社と協業の上、リリースした購買連動型のモバイルCRMソリューション「クルカ(curuca)」は、こういった状況に対応するかたちで、リアルな小売業向けの「CRM3.0」をより安価で、より早く実践するべく開発したものである。