2006年、世界的流通企業メトロ社の本拠地であるドイツの田舎町ラインベルクを訪れた。RFID (IC チップを利用した非接触認証技術)を利用したPSA端末(タッチパネル液晶モニターとバーコードリーダーを搭載した端末)付きのショッピングカートの実証店舗だ。来店客は、タッチパネル付きカートを使って買い物をする。タッチパネルには商品の情報が表示され、買い合わせもリコメンドしてくれ、いつもの買い置き商品の棚の場所も表示される。ワインを買えば、ぴったりのチーズがお薦めとして表示される。これは大がかりなデモンストレーションか? 違う、普通のおばあちゃんがカートを使っているぞ、自動清算も。そう、ここは"METRO Future Store"。
購買に直接結びつく店頭で、いかに商品を効果的に見せるかのインストアマーケティングに可能性を感じ、私が2007年にニューヨークへ行った際は、そんなカートはなく、むしろ店内は大型ディスプレーであふれていた。これは広告なのか?売れ筋トップ10?セール情報?それとも「デジタルサイネージ」と呼ばれるものなのか?その足でシカゴに向かい、デジタルサイネージ・エキスポに飛び込んだ。ウォルマートを始め、流通企業は店内モニターを設置、モニターはメディア化して収益をあげている。そのひとつは「商品の売り上げ」、ひとつは「広告販売」。これはしかも、全米でネットワーク配信される、いわば全国店内放送局である。
"Decisions Made in Store"、つまり購買の8割は店頭で選択されると聞く。広告業の最終目的地はここなのだろう。日本を飛び越し、欧米の概念が浸透している中国・北京で、DMISをテーマの中心として行われたセミナーでも、アドモニターの広告事業やサイン・ディスプレー事業などを手がけるフォーカスメディア社のインストアメディアが紹介された。
すぐに、なじみのクライアントから、デジタルサイネージについて質問された。「ようするに、ニューヨークのタイムズスクエアみたいなもののこと?」 。確かに、大型の電子看板が乱立している。「デジタルサイネージ≒電子看板」ということ?「デジタルサイネージ」って何?
2007年、日本でもデジタルサイネージコンソーシアム(DSC)が設立され、業界発展のために各種の活動をしている。DSCによれば、『屋外・店頭・公共空間・交通機関など、あらゆる場所で、ネットワークに接続したディスプレーなどの電子的な表示機器を使って情報を発信するシステム』とされている。2008年、会場をラスベガスに移したデジタルサイネージ・エキスポは、インタラクティブ・テクノロジー・エキスポが併設されている。
デジタルサイネージという言葉が先行し、説明を求められると「それじゃあない」というおしかりをいただくことも多い。2008年、デジタルサイネージ・エキスポで3日間計20のセッションに出席したが、当時はインストアメディアとして、広告枠の単価設定方法が最も大きな議題だった。2009年は一転して、「デジタルOOH」というカテゴリーとして語られ、必ずしも「看板の電子化」というものとしてはとらえられていない。仮に、インストアメディアとして語られた場合、店舗内での売り上げ貢献は比較的容易に解説できる。一方、屋外大型看板として語られた場合でも、既存の看板が電子化しただけなので、これも解説できる。デジタルサイネージとは、そういうとらえ方でいいのか?
各種統計を見ると、成人の日中外出時間は非常に長い。家にいたとしても多くは睡眠・入浴・食事などのメディア非接触時間である。広告業の最終目的地「購買誘発」には不都合な時間帯である。米国の広告会社でデジタルOOHの専門部署が多く立ち上がったと聞くが、必ずしも電子看板に広告を表示することを目指したものではない。新たなコミュニケーションメソッド、テクノロジーによって、新たな広告カテゴリーを創造していこうとする試みといえる。当社アサツー ディ・ケイでも、デジタルサイネージの範疇(はんちゅう)を超え、携帯サイトの連携によりエリアマーケティングに活用する方法を模索している。そしてその先にインストアマーケティングがある。