「ニューロマーケティング」

 最近話題になっているニューロマーケティングとは、マーケティング・インプットに対する消費者の知覚・認知・感情反応を生体情報から測定し、分析するアプローチの総称である。近年、測定技術の精度の向上、手法の簡易性の向上、価格の低下が急激に進んだことにより注目が集まっている。用いられる生体情報は脳内血流、脳波、皮膚電位、心拍数、呼吸、視線、瞳孔等である。主な生体情報とその測定技術は、下の表の通りである(表)。

 一般的な調査手法での広告表現調査、新製品受容性調査等には、様々なバイアスがあることが指摘されてきた。特に情緒的な反応、低注目状況での反応についてはアンケートやインタビューなどを通じた調査の場合、後付けでの自己分析となり、感覚的・感情的な反応が理性的に解釈される傾向や、低注目の反応が発見できない精度の低さが、広告に対する反応を調査する際には大きな制約となっていた。生体情報を通じて消費者の反応を直接測定することで、消費者の広告等のマーケティング・インプットに対する生の反応を知ることができ、従来の調査のバイアスや制約を超越した正確かつ詳細な情報が得られることを狙いとしている。

 このような生体情報をマーケティング調査に利用しようとするアプローチは古くからある。しかし、いくつかの要因から近年注目が高まった。
 第一は測定技術の向上によって、より高い精度の情報をより低コストで測定することが可能となったことである。依然としてfMRI等、非常に高コストかつ対象者負担も大きい手法もある。しかし、他の生体情報の測定においては非常に低コストで、しかも対象者負担が少ない形で、高精度の測定を可能とする新しいテクノロジーが実用化されている。
 第二はデータ処理技術の向上である。単一の生体情報では精度と説明力に欠ける場合も、複数の生体情報を組み合わせることにより、高度な分析が可能となる。これにはリアルタイムの複数のソースの莫大(ばくだい)なデータを高度に解析することが必要だが、コンピューターの処理能力の向上により、以前は不可能であった分析が可能となった。
 第三の要因は情報クラスターの拡大により、ブランディングの重要度増大、製品情報の差異性の低下等により、低注目での消費者の反応や情緒的反応を把握することの重要性が高まっている点である。さらに、マーケティングアカウンタビリティー、効率向上のプレッシャーから、より確度の高い調査手法が求められるようにもなっている。

 上記の理由から、世界的に生体情報を用いた調査が注目され、それを専門とする調査会社も多く起業している。しかし、現状ではまだ様々な手法があり、互いに競い合っている状況で、どの手法が生き残っていくか先は見えない。また、まだまだ調査のオペレーション、そして得られるデータに問題点が多いのも事実である。脳波等生体情報の解釈については、いまだ不確定な点が多い。また、精度の高い調査手法は対象者負担が多く、マーケティング調査では実用的とは言えないものが多い。
 一方、対象者負担が少ない手法は、測定されている情報が信頼できるか、十分な検証ができているとは現段階では言いがたい。各社共に技術革新と試行錯誤を繰り返している状況である。対象者負担を軽減することにプライオリティーを置くか、それとも得られる情報の精度と豊かさにプライオリティーを置くか。進化したとはいえ、現状のテクノロジーではオールマイティーな手法は存在せず、トレードオフをうまくバランスさせた手法が標準として定着していくのだろうと考えられる。