エンゲージメント・リングは、博報堂DYグループが新たに開発したマーケティング・コミュニケーションモデルである。
デジタル化の進展によるメディア環境の変化によって、生活者が主体的に情報を収集、選別、発信し、自らの情報体験のイニシアチブを握っていく「生活者主導社会」が到来しつつある。こうした環境の中で、生活者の多様化した情報体験を「心が動く」「共有する」「選択する」「絆(きずな)を感じる」という四つでとらえている(図1)。
この「エンゲージメント・リング」は、生活者がブランドと出合う際に、まずは「心が動く」ことを重視する。心が動き、情報が自分のこととして処理されると、まわりにある「共有する」「選択する」「絆を感じる」といった情報体験の輪が、さまざまな順序で、また同時に多様にまわり始める。
「エンゲージメント・リング」の特徴の一つ目は、「AIDMA<認知→理解→欲求→記憶→(購買)行動>」に代表される始点と終点を固定した一方通行型モデルを改良するのではなく、『循環型』にフルモデルチェンジした点である。生活者自らが情報を発し、多様な情報行動をとる「生活者主導社会」の実態に即したモデルで、その意味でも、生活者を主語とした設計となっている。
二番目の特徴は、このモデルを動かす最も基盤となるものとして、「生活者とブランドとのエモーショナルな体験」を置き、「心を動かす」という情報体験を真ん中に位置づけている点である。
三番目の特徴は、「絆を感じる」というロイヤルティーの概念を重視した点だ。「購入する」といった行動で完結せず、生活者との関係性を深く長く保つことを視野に入れ、ブランディング/ロイヤルティーマネジメントといった領域まで対応しうるモデルとなっている。
上記三つの特徴をふまえ、博報堂DYグループでは、近年広告の世界でも注目を集めているエンゲージメントという言葉を「生活者がブランドの情報を自分ごとととらえ、共に絆をつくっていくこと」と定義した。
検索やブログ、SNSなどで生活者は情報を自ら選択、共有できるようになり、情報行動、さらには消費行動のイニシアチブを握り始めた。こうした結果、コミュニケーションも、企業から生活者へ一方向に情報が流れていくこれまでの“to C”(CはConsumerのC)発想から、企業と生活者の関係がフラットで、共に関係をつくっていく“with C”発想へ変化を迫られている(図2)。いわば、自己主張型ブランディングから関係構築型ブランディングが求められているといえよう。
そのためにも“with C”発想で、心を動かす情報体験をトータルに設計することがポイントになる。博報堂が開発したプラニング手法「ERプラニング」では、「エンゲージメント・リング」を原理として、生活者の心を動かすためのテーマ開発と体験装置の全体構造をトータルに設計する工夫がなされている。これを利用することで、企業と生活者が共にブランドを作っていくこと、すなわち、エンゲージメントの実現がより可能になると考えている。